忘却の夜
ダイちゃんに手をひかれ連れて行かれたのはライブハウス。初めて入る魅惑の空間は、入った瞬間爆音で辺りは真っ暗。ダイちゃんの手がないと前にも進めないほど賑わっていた。
照明が当たっているステージではダイちゃんのバンド仲間が歌っていた。
「……?」振り向いたダイちゃんが何かいってるようだったけど、周りの音がうるさくて聞こえない。
「え、なーに?」と聞き返すけど、わたしの声もダイちゃんに届いていないようだった。
するとダイちゃんは耳元に顔を近づけて「…楽しめてる?」って。吐息がかかる距離まで接近してくるから一瞬驚いたけど、そのままダイちゃんはわたしの腰に手を回した。
ライブが終わると、控え室まで行きダイちゃんがバンド仲間と挨拶をしていた。
「おつかれー」って言いながらハイタッチをして、その流れで「カノジョ?」ってみんなの視線がわたしに注がれた。
「俺の好きな人。美人だろ」そういうと、ダイちゃんはわたしの肩に手を回す。「えっ…ちょっ…」困ったように身体を離すと更に身体の自由を奪うように抱き寄せられた。
お酒も回ったところでライブハウスの階段のところでダイちゃんと話しているとダイちゃんはライターを取り出し煙草を吸い出した。
扉が開く度、中の大音量の音楽が聞こえてくる。
「リラ、明日仕事?」煙を吐き出すダイちゃん。その煙の行方を目で辿りながら「そだよー」とわたしは答えた。
「リラちゃん付き合ってる奴いる?」「いないー」「俺と付き合わない」「……」「ヨウじゃなきゃ嫌だったり?」
何言ってるの?ヨウさんとはとっくに別れてるし、ヨウさんのこと今でも好きなわけじゃないのに、と首を横に振るわたしに、「ヨウのこと忘れさせるから、俺と付き合おう」って。
でもダイちゃん、わたしはヨウさんのことなんて別に好きじゃないんだよ?とダイちゃんの横顔を見つめると、煙草を持つ手が小さく震えているのに気づいた。
ダイちゃん…?そっと近づくと、ダイちゃんの顔がすごく近く迫ってきた。
「リラちゃん、俺ほんとにリラちゃんが好きで。久しぶりに会えて今すげーテンション高い。ごめん、本気なんだ。俺と付き合ってくれない?」
こんなに真っ直ぐ言ってきてくれる人は初めて。さすがバンドマンというべきか、こういうのに慣れてるのかな。
「んー。少し考えさせて」とその場を離れようとするとダイちゃんが「明日仕事のあと会いたい」と言ってくれて、それにわたしはコクンと頷いた。
「じゃっ」「じゃあね」バイバイしてわたしは帰ろうとダイちゃんに背を向けた。
すると「やっぱり行かないで」とダイちゃんが後ろから抱きしめてきた。「好きなんだ、離れたくない」
本当は明日会う気なんかなかった。
ダイちゃんのこと好きでもなかったし、好きって言われても別に気持ちは揺らがなかったから。
でも、ちょっとまって。
このバックハグは感じるものがあったよ。
「ダイちゃん、わたしまだ一緒に…いたい…」
午前0時を回ろうとしたとき、
大人の男女が向かう場所はひとつだけ。
