こんにちは、かわともです。
市長選挙も終わりまして、市民の皆さまには大変ご迷惑をお掛けしました。
さて、少し備忘録を書いておこうと思います。
それからアメブロのカテゴリーからキャンプを外したつもりでしたが、外れていなくてその界隈のブロガーの方には大変ご迷惑をお掛けいたしました。m(__)m
幅広い趣味のブログなのですが、今のブログのカテゴリーは面倒くさい・・・私が勉強不足なんでしょうけども。
前回か前々回くらいに書きましたが、「自分の中のベストバウトになる選挙」正しくそうなりました。
前市長や自公から満遍なく支援を受けた候補から10,000票を削るというのは本当に頭をフル回転させながら心血を注いで活動をしないと実現しません。そして万を超えて自公から票を削る作業は保守系の私以外には無理な話し。
で、通常ですが松戸の保守系の票と言いうのは55,000~65,000票あります。
むろん首長、国政選挙などの区分や投票率にも左右されますが大体こんな感じと思えば良いだろう。
今回の投票率は35.1%ですから1%=4,000票くらいですので140,000票の計算が成り立ちます。
うちの陣営の投票率の読みは35%ですから、ドンピシャになります。
ここから分析して選挙に突入しなければなりません。
ざっくり選挙前のイメージですが、
小玉氏50,000
松戸氏35,000
山中氏35,000
川井10,000
石井8,000
このイメージが成り立ちます。
石井さんは市議会議員選挙に出馬された時は約800票届かないくらいですので10倍の8,000票で想定してます。
※私も石井氏も出馬した県議補選は参考になりません。
ただ、市民の皆さんには覚えがあるかと思いますが、本郷谷市長の急遽の退任。
この前段ですでに市長選の日程を計画して、選挙に向けた準備をしていた事になります。
と言うのも、ビラの全戸配布、豪華なビラ、リーフレットやらYouTube広告、選挙事務所、自公議員団28名の推薦封書や主要駅ジャックなどの出足を考察すると、各陣営の準備が整う前に短期決戦で勝利しようとするのが良くわかるもんです。
知事選や7月の参院選に合わせての選挙は法律上出来ませんし、参議院選挙後は情報が漏洩して全ての候補予定者は準備が出来てしまうのでこのタイミングの選挙を画策したわけです。
ただ、松戸君や山中君は平時から活動してますから、常在戦場で急遽でも追っついていけるわけです。
私も11月から県議補選の活動や最近意欲的に駅頭はしていましたので追っついていけるわけです。
書生から現職、浪人と25年この業界に居ますから(笑)
しかし準備万端の相手と比べて、出遅れて急遽の出馬表明をした保守系の私が10,000票を獲得するというのは至難の業になります。
短期間で上手くことが運ばないと私も5,000票で沈んでしまうことになります。
こうなると今後にも影響が出ますし、ほぼほぼ引退になってしまいますから政治生命を賭けての戦いになりました。
ネット上では、業界関係者やら各陣営の支持者みたいのから総スカンだったみたいですが、全くもってその通りですし、特に弁明することもありません(苦笑)
ただ、自分の故郷ですし、皆さんのお子さんやお孫さんの故郷でしょう?後世に良い街を引き継げるように今のうちに大掃除しておく必要がある。
それだけの判断ですよ。
黙って2年後の統一選挙まで活動していれば済むのにわざわざ出馬するのは、或いはこれまで市長選に出馬していたのは、市民として政治家を目指すものとして自分の愛する街が沈んでいくのは堪えられないだけなんです。
悔しいじゃないですか。
マジで。
街の発展に使うべき税金をただただ病院の赤字に穴埋めされ都市が発展しないとか。
それを皆で口にチャックとか。私は好きじゃないのでチャックを開いて物申しますけどW
(医師や看護師の皆さんが悪いと言っているわけじゃありません。みな職責を全うして懸命に働いてます。)
ただただ時代にも次代にも見合わない巨大な病院の建設そして毎年一般会計から25~30億円の赤字、累計180億円の負債。
市民の命を守る病院が市民の生活を脅かす病院では本末転倒でしょう。
2年が勝負になります。ここを抜けると一般会計の赤字と資本金を食い潰しますから、大幅に増えますしもはや手に負えません。
ですので病院存続のために民営化に舵を切る必要があります。
その後継が今度は相模台にいつできるか?何年かかるか分からない市役所移転建設・・・。
ただわかっているのは最低301億円以上。
今の市役所は耐震性がありません。
地震は待ってくれませんよ?
職員の命は知りませんか?
身の丈に合わない建設、一部の人間らの都合の良い思惑の政治が私は許せない。
だからこそ10,000票削る必要があったんです。
そして保守系ではない、松戸さんや山中さんにはガッツリと票を削ることは出来ない。
結果をみれば良くわかると思います。
当然、10,000票しか目に入らなかったので供託金没収および公費の全額負担になりますが、松戸の未来の為の寄付と思えば安いもんです。
・・・・・・・・・。
・・・・骨身に染みるほど(笑)
ただ、ありがたかったのは予想より約3000票ほど多く頂けたこと。
これは感激しています。
政策や現状をしっかり把握してくれた方々の票なのだと考察しています。
あと、学●や共●党の支持者からもお声をたくさん頂きました。
え?大丈夫?みたいな(笑)
金曜日くらいには漠然とした手ごたえの中で自公から10,000票は削れている感触はありました。
終わってから結果をみて初めて川井友則の頭の中身を理解してくださった方々は沢山います。
ああ、そういうことだったのか。みたいな。
選挙期間中に唯一、私の意図を把握している若者が新松戸にいました。
若者「川井さん、昔から大ファンです!」
私「ありがとうございます」
若者「この街には川井さんの様なダークヒーローが必要ですよ」
私「www、大概、行方不明になってひっそりと闇に消えるやつやん(苦笑」
そんな会話をしたが、なるほど、言い得て妙だな。と感心しました(笑)
そんな大げさなもんでもありません。
誰かが貧乏くじを引かなければならない。
それがたまたま私だっただけの話し。
意気揚々な補選から一転出処進退賭けた戦いになっただけですし。
あの補選も野田元総理やら中央から大物が来た選挙でしたが、一歩も引かず良い選挙が出来ましたし、苦悩の末に市長選か~
相当、悩みましたけども・・・。
まぁ私が断固反対したことで、小玉氏意外は病院経営改革や市役所移転反対に大幅に舵を切った戦略に切り替えましたしそれはそれでええかな?と思いますし、松戸市の政治そのものが大きく変わっていきますよ。
これから松戸市で政治を目指す方々に大きな門戸が開かれたと感じます。
昔、書生の頃ですが、敬愛する中川昭一先生に訓示を頂いたことがあります。
「君も政治家を目指すなら臭いものに蓋をするようなのになるなよ」
そう言ってエレベーターから去っていった中川昭一先生は恰好よかった。
話しがそれましたが、ちなみに松戸君と山中君の明暗が分かれたとのは何故か?
これはですね、山中さんのほうがより改革の意識が強かったということで、それは彼の政治活動に起因していく部分と言えるわけです。大きく批判をしてきたこと、これは悪いことではありません。
しかしそれを不快に思う方々も沢山いるわけで、それに関連する方々、家族や友人もいるんですよね。
だから議員選挙には向いているけれども、市長選挙の様な首長選挙になると悪目立ちしてしまう。
一方、政党を渡り歩く松戸さんはなるべく嫌われないようにひたすら無所属ヅラして行儀のよい活動をしてきた。
これだけの差です。
だが、山中だけは市長にさせてはいけない。
そんな声を行政マンや業界からの声が多数ありましたが、それはあなたたちの都合なだけでしょう?
出馬するのも自由。選ぶのも自由。
選ぶのは有権者に他ならない。
確かに行政や議会が動かなくなる。
これは一理ありますが、それも有権者が判断すること。
どちらも否定することでもありません。
勝つための手段として生きてきたことを否定することは誰にもできませんし正義は一つではありませんから。
それから、小玉陣営の選挙の戦略・戦術も不味かった。
誰が指揮を執ったのか?わかりませんが、あまりにも稚拙な発想だったしその戦術も未熟だったように思える。
8ヶ月くらい副市長していただけですから知名度はなし、短期決戦、ビラ爆弾、郵送、政策などこれは間違えはありませんが、モラルの欠如や、噂によると議員が段ボール敷いて場所取りとかW
暇?暇なんか?
戦争だからなんでもやるんだよ。と思っているかもしれませんが過ぎたるは及ばざる如し。
主要駅ジャック、東口占拠とか良い評判は聞かなかったけどね?
莫大な選挙資金投入するならもう少し勝つ方法があったとおもうけども。
まぁそれを言っても結果が出てますから仕方がないこと。
それから候補者も選挙が初めてでおんぶに抱っこだったんじゃないかな。
自分の思い通りには選挙ができなかったはず。
議員関係28人の巨大な大艦隊を組み上げたものの連帯性があったのは最初だけ。
政治家としての立ち回りが出来たら、ひょっとして川井友則も支援に回っていたかもしれませんね。←頼まれると弱い(笑)
G市議が特使で行って、よくよく聞いたらわたしも顎がガコーンと外れましたがWWWW
あれは悪かった。本当に(謎)
しかし、それでも真摯な対応があればまた変わったかもしれません。
あれは出来ないけどこれはどうだろう?そんな感じ。
官僚=政治家ではありませんし、
学歴=インテリジェンスでもありません。
IQとEQのバランスこそ政治家としての妙であり匙加減が必要なわけです。
補選では保守系から40,000票を頂いた私だからこそ、タッグを組んだ時にその真価は大きく波及し広がるんだけどね。
まぁ残念です。けして自惚れではありません。淡々と備忘録を記しているだけです。
わたしもやむを得ず。でしたから。
と言いつつも、今日に至るわけです。
白紙撤回やゼロベースと言う言葉は好きではありませんが、私自身の出処進退も不明。
統一選挙に出るか、出れるかも未定。
ただわかっているのは、働きながらまたボランティア活動に勤しんでいくことだけは明白。
さすがに連戦は疲れましたので少し身の振り方を考えたいと思ってます。
取り留めもないのでこの辺にしておきます。
また、趣味の話しでも書いていきます。
お騒がせいたしましたこと、お詫び申し上げます。
ありがとう。
そういえば、久しぶりに市川市本八幡駅にある「なりたけ」に行きましたが、もはや50歳のおっさんにはキツい食べ物になってました(涙
ちくしょー背脂チャッチャ系の完食がキツイよー
人生100年時代の半分でもう食えなくなってんのかい(笑)
では。