POINT
  • バブル期の失敗は府と市に原因があったのではなくて、大きな流れの中で国策にそっておこなった事業での失敗。 
  • それと共に、破綻後の処理の特定調停の中で損失補償をおこなったという判断間違い。 
  • 決して、大阪府と大阪市が高さを競ったりとか、府と市がいろんな意味でいがみ合ったからではありません。

 

以下、とこまじ動画で使用した画像と字幕文です。一部加除訂正。)

 

 

 

 

 

「とことん真面目に大阪都構想」、「とこまじ」。

 

第6回は、WTCなどの失敗について、府市の問題なのかという視点でお話しをしたいと思います。

 

 

 

WTCが大阪府のりんくうゲートタワーと高さを競ったとか、府市がいがみ合ったから失敗したというお話がありますが、よくよく考えたら、どちらも失敗なんですね。

 

もしあの時に大阪府と大阪市がひとつになってあの事業をしていたら、りんくうゲートタワーがツインタワーになって結果的に失敗していたということでありますので、この点はみなさん冷静に考えて頂きたいと思って、今回はこのテーマを取り上げました。

 

 

バブル期のこの失敗の原因というのは、大阪に府と市があることが問題だったのかどうかということで、ひとつは、大きなその時代の流れ。そして、バブル期のこの時代の仮題についてお話します。

 

 

 

そもそも、都市部への人口集中が高度成長期に起きておりました。

 

第4次全国総合計画というものがつくられたのが1987年、目標年次が2000年でありました。どのような国土を形成していくのかというときに、都市部(首都圏、近畿圏、中部圏)に人口が集中していたので、都市部集中ではなく、多極分散型の国土を構築していこうというのが、この全国総合計画の中で書かれていました。

 

そこに至るまでには、1963年の近畿圏整備法、それ以外には工場三法(工場等制限法、工業再配置促進法、工場立地法)という法律もありました。

 

都市部に工場がどんどんできて、人口移動があったため、工場を制限しようということが、大きな流れでありました。そして、全国に工場を分散させていきながら、多極分散型の国をつくっていく。それが大きな流れとしてあったわけです。

 

その時に、例えば今の国際交流センター(上本町)にあった大阪外国語大学が、郊外へ移転することになったわけです。

 

そういう大きな流れがまずあったということを、知っておいていただきたいと思います。

 

 

 

そして、WTC、りんくうゲートタワー、この辺のお話が出てきたときには、バブルの非常に景気が良い中で、工場等での都市部の人口集積をつくれない中で、経済成長を目指して、いろんな計画ができたのは事実です。

 

しかし、その計画が出来た背景には、国の政策というものがありました。多くの方は忘れておられますけれども、当時、そういう国の大きな流れがあったということを、ご認識頂きたいと思います。

 

WTCは、1988年に「テクノポート大阪」という計画に基づいてつくられ、1995年の3月に竣工しています。丁度バブルが終わった後に竣工していますけれども、この計画ができた頃というのは、日米構造協議、要はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた時代です貿易黒字が非常に累積し、アメリカは貿易赤字が嵩んでいたときです。

 

その時に、日米構造協議で630兆円の内需拡大を要求され、日本政府は内需拡大に向けていろんな政策を打ちました。その内需拡大の中で、民活法、第3セクターでいろんな事業をやってくださいという話になりました。結局、それが、このWTC等々につながっていくのです。(民活法で検索すると、第3セクターについて色々出てきます)

 

民活法というものがあり、その中で、WTCというものが考えられていきました。

 

WTCは大阪市ではなくて、民活なので株式会社です。そして税金を入れたわけではなく、資金はNTTA融資です。

 

丁度、NTTが民営化されて株を上場し、株の売却益を国がたくさん持っていました。これをA融資という形で、地方の第3セクターにどんどん使ってくださいということでしたので、そのお金を使って、株式会社であったWTCがビルを建てたということです。

 

そういう大きな流れの中での国の政策もありますし、丁度バブル期であったとはいえ、政策の失敗であったと私は思います。政策の失敗であって、大阪府と大阪市があったからという問題ではないということ。ここだけは、はっきりと言えると思っております。

 

 

 

もうひとつ問題がありまして、WTCなどバブル崩壊後に多くの第3セクターで取り組んだ事業は破綻しました。

 

特定調停ということで、要は土地信託の事業で破綻をしたので、銀行との裁判での調停がありました。その特定調停のときに、大阪市は土地信託事業の再生計画をたてましたけども、その再生計画の中で、また失敗をして、もし損が出たら損失補償を大阪市がしますという約束をしたんですね。

 

「負の遺産」といわれる中で何が問題だったかというと、この損失補償が一番の問題でありました。

 

損失補償せずにその時点で破綻させておけば税金を使うことはありませんでしたので、そういうことを考えると、失敗の原因は特定調停にあったと思っております。

 

 

 

いろいろお話をしましたが、あらためて言いますと、バブル期の失敗は、府と市に原因があったのではなくて、大きな流れの中で、国策にそっておこなった事業での失敗。それと共に、破綻後の処理で、特定調停の中で損失補償をおこなったという、この判断間違い

 

これがWTCの失敗の一番の原因であります。

 

決して、大阪府と大阪市が高さを競ったりとか、府と市がいろんな意味でいがみ合ったからではありません。そのことはお間違いないよう皆さんにはご理解いただきたいと思います。

 

 

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございました。

 

大阪市会議員 川嶋広稔のYouTubeチャンネル 

“とこまじ とことん真面目に大阪都構想”
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