昨年末から、
「どうして草の活動をしているの?」「何をしているの?」と聞かれたとき、
一言で伝えられる言葉を、ずっと探していました。
草は、いつでもどこでも、わたしたちの足元にあります。
たくさんの種の中から目覚めた草は、
今この場所に最もふさわしい命として芽吹きます。
だからこそ、雨が少なくても枯れず、
踏まれても、刈られても、なお生き続ける。
ありのままに生きることは、生きる強さそのもの。
その姿に触れると、
自分の中にある本来の感覚が、静かに立ち上がってきます。
それは「強い」という言葉を超えた、
今ここにこそ芽生えた、しなやかな生命です。
その草を、食として、薬草として、
ときに暮らしの道具に仕立て迎えるとき、
わたしたちの内側にも、同じしなやかさが目を覚まします。
草は、芽生えては枯れ、土へと還り、
大地を豊かにしながら、自然の巡りを支えています。
かつて原爆が投下されすべてを失った大地にも、
三億年を生きるスギナが、最初に芽吹いたとも言われています。
再生のはじまりは、草でした。
草たちは、ときにアスファルトを押し上げて芽生え、
大地を呼吸させながら、静かに再生を支えています。
活動を続ける中で、
草の存在の意味に気づきながらも、
言葉に表せずにいました。
だから写真を撮り、インスタレーションやお茶会を開き、
ワークショップやリトリートで、体感していただくことで伝えてきた。
最近では、REAL PLANTSを立ち上げました。
草とのつながりを取り戻すことで、
本来の自分の感覚を取り戻せること。
自然な感覚で生きるとき、
穏やかに過ごせること。
その穏やかなあり方が、
大地や水をも、再び美しくしていくのではないかと感じています。
自分とつながることで、
不自然には生きられなくなるから。
平和へと繋がる道はここからとも思うのです。
この思いは、わたし自身の体験から始まり、
ワークショップやリトリートで出会った方々の変化を通して、
確信に変わっていきました。
けれど、どの理由もすべてつながっていて、
一言では言いきれない。
そう思いながら、言葉を探し続けてたどり着いたのは、
とてもシンプルな答えでした。
草が好きだから。
物心ついた頃から、ただ好きで、
ずっと見てきました。
どうして草の活動をしているのか、
迷いなく伝えられる、わたしの理由です。
写真|コヒルガオ
