狩野派始祖『狩野正信生誕地』(千葉県いすみ市大野)No1775 | 房総ENJOY-LIFE、

狩野派始祖『狩野正信生誕地』(千葉県いすみ市大野)No1775

No1775


ここはいすみ市札森にある桜並木です!

いつもの年であれば 夜 ライトアップされ
観光客も多くみられる所ですが

今年はそのライトアップも新型コロナウイルス感染の為、中止となったようです!


その桜並木のチョット先に
狩野派始祖『狩野正信生誕地』…と言う
石碑があるのを御存知でしょうか?

歴史の教科書に出てくる高名な『狩野派』の始祖
『狩野正信』はいすみ市の出身であったと言うのです、驚きました!

この碑は『波の伊八』の欄間彫刻がある事で知られる
いすみ市萩原にある行元寺の住職
『市原淳田』氏等のお骨折りで平成8年に建立されました!

碑文は時の県知事『沼田武』氏の筆によるものです!

狩野派は室町時代の京都に興った流派の一つ
時の権力者と結びついた狩野派は

足利将軍の御用を勤め織田信長と豊臣秀吉に愛され、

さらに徳川家康によって幕府御用絵師に取立てられた以降

狩野派は江戸時代を通して絵画の世界の頂点に君臨する事となりました!


織田信長の安土城や豊臣秀吉の大阪城
更に徳川家康の江戸城の襖絵は全てこの狩野派の絵画だったと言うのです!

その狩野派の絵画は大阪城や江戸城内でしか見れないと思ったら
千葉県内各所の神社仏閣で見る事が出来ます!


(房総ENJOY-LIFE、No1384滑河観音で紹介した狩野派の図!)

こちらの天井絵は千葉県成田市滑川、滑河山龍正院にあった

狩野派『狩野柳元』が書いた迦陵頻伽(がりょうびんが)の絵画です!

この狩野柳元、どう言う人物か調べてみましたがわかりませんでした!

ここ龍正院の住職に聞いてみると
ただ狩野派の一人あろうと言う事でそれ以上はわからないそうで

何でも龍正院の書物が火災で全て消失してしまったそうで残念です!

この龍正院は元禄9年(1696年)江戸幕府5代将軍徳川綱吉の寄進で建替えられたそうで

多分、この時代に活躍された狩野派の絵画ではないかと思われます!

『迦陵頻伽』とは
上半身が人で下半身が鳥の仏教における想像上の生物!
阿弥陀経では経命鳥と共に極楽浄土に住むとされる!

殻の中にいる時から鳴きだすとされるその声は非常に美しく、
仏の声を形容するのに用いられ
『妙音鳥』『妙声鳥』『逸音鳥』とも意訳される!
…とありました


(房総ENJOY-LIFE、No1632長久寺の鳳凰で紹介した狩野派の絵画とみられる図!)

こちらの絵画は千葉県長生郡長南町の長久寺にあった迦陵頻伽の図ですが

こちらも住職に訪ねた所、誰が描いたのかはわからないとのことでした!

現在、千葉県内各地で狩野と言う姓はよく聞きますが
少なくともこの狩野を名乗る人達は先祖を遡れば
狩野正信の血を引いた方達なのではないでしょうか!?

私の友人の奥さんがこの地方、いすみ市の出身で
こんな話をしてくれた事があります!

散歩がてらに近所を歩いていると

家の軒先で黒く染みのある和紙を燃やしているのを見たそうです!

聞いてみると納屋からホコリにまみれた絵画が出て来て
燃やして処分している所なのだそうです!

奥さんはもしかしてそれは狩野派の先祖が描いた絵画だったのでは?…と言う話を聞いた事があります!

燃やす前に調べてみれば価値のある絵画だったのかも知れないとの事でした!

このいすみ市大野辺りの納屋にはまだ公表されていない
狩野派の絵画が眠っているのかも知れませんね!

お付き合い誠にありがとうございました!
m(_ _)m