最初のテンションが嘘のように彼は目を閉じて、眠りに着いていた。
その脇にはトマト型のクッションを大事そうに抱えられている。
僕は幾分か落ち着きを取り戻して、音楽と流れる景色に目を落としていた。
1時間ほどで景色は殆どの人工物のない世界に変わっていた。道路をなぞるように設置された街灯の光は、あっというまに暗闇に吸い込まれて、その輪郭を確認することもままならなかった。
バスは暗闇を一心不乱に駆け抜ける。
まるで本来の地球の姿から目を背けるようにバスの車内は次第に静けさに包まれていく。
僕も静謐に飲み込まれるようにして眠りについた。
浅い眠りの中で僕は夢を見る。
僕は高校生で、地元の大きな河川を沿うようにできた土手の上を自転車で走っている。
時間は夕暮れ時、自転車の後ろには当時付き合っていた彼女が乗っている。
ただ、僕はその表情を確認することができない。
あまりに長く降り積もった時間は、僕の記憶は磨り減らせ、彼女の表情の大半を描写することができない。
そこにあるのは彼女であるというニュアンスだけだ。
僕らはどこかへ向かっている。
どこへ?
そういった疑問は夢の輪郭を漂うだけで、答えを導くことなくビジョンは進んで行く。
河川には大きな橋が架かっていて、僕らはその上を走って行く。
端の中腹まで来た辺りで、映像が揺れ始める。
それでも夢の僕らは平然と橋の上を駆け、そのことに気付く様子はない。
映像の揺れは次第に増していく。
揺れる、、、揺れる、、、揺れている?
ただでさえ曖昧な夢のビジョンは崩れ去るように遠のいていく。
そして、夢は突然一切の姿を消して、僕はバス中の現実に強制的に連れ戻された。
僕は驚いたように周りを見渡して、一つの事実を発見する。
トーマス。
まるで地震の震源地でも作るかのように、彼は激しく貧乏揺すりをして、汗をびっしょりかいていた。
僕が目を覚ましたことに気付くと、彼は瞬き一つせず、僕を見つめた。
「やべぇ、もう限界だ」
今にも消え入りそうな声で彼は呟いた。
「だ、大丈夫?」
トーマスはまるで氷原に裸で放り出されたような姿で凍えていた。
「すぐ良くなる。よう、お前手伝え」
「え、何を?」
「とりあえず、これを持っていてくれ」
と彼は僕にトマト型のクッションを手渡してから、小さなバックパックからアルミホイルで包まれた何かを取り出した。
ゆっくりその包みをあけると、そこには真新しい注射と銀色のスプーンが入っていた。
窓から迷い込む街灯の光で注射の針が不気味に鋭く輝いていた。