7/4朝日地方版俳句。選者は田中俊廣さん。

★淡緑の天蚕(てんさん)と言ふ山の繭(対馬市)古藤 定 

 【評】養蚕業、絹糸は明治時代、外貨を稼ぎ、国力や近代化に貢献。山繭はそれと違って、日本特産の極上品。糸は太く光沢や抗張力もある。今では希少種。天蚕という語に敬意も感じられる。農林業という作者の視線は確か。 

★紙魚走る太宰の一書播けば(長崎市)藤中正治 

 【評】桜桃忌、太宰治忌は六月十三日。入水自死などで好悪は分かれるが、繊細な苦悩は今も若者の心を掴む。青春期を思い出し本を開くと銀白色の小虫。紙を喰う虫に驚きながら、若き日の光と陰を追懐しているのだろう。

★新緑の九十九島や船の跡(西海市)山下敦子

 【評】見事な自然讃歌である。爽やかで厳かな交響曲が聞こえてくるようだ。観光船か、高所からの眺めか。多島海の島の新緑が涼風を生む。透けるほどの青い海面に航跡が白い線を描く。素直な構図が、逆にイメージを増幅。

★海ぶだう含めば悲し沖縄忌(波佐見町)川辺酸模

★南から還らざる父燕来る(佐世保市)小山雅義

★再読のあてなき本の曝書かな(諫早市)麻生勝行

★東雲の潮の匂ひやほととぎす(長崎市)根本慶明

★孫に百合持たせ空襲追悼式(佐世保市)臼井 寛

 ※昭和20(1945)年6月28日から29日にかけて、佐世保はアメリカの大空襲を受けた。佐世保市では、毎年6月29日に「佐世保空襲死没者追悼式」を行っている。

★一軒家谷の底なる植田守る(島原市)馬場富治

★田水張り水の匂ひの風生まる(波佐見町)川崎三郎

★むくむくと空を押し上げ樟若葉(長崎市)神畑あこ

★子燕の巣立つよき日に我傘寿(長崎市)藤村恵美子

★結葉のざわめきとどめ陽は西に(長崎市)井上映子

★不器用は母に似てゐるかたつむり(長崎市)樋口芳子

★風薫る極上干物仕上げたり(諫早市)西宮三枝子

★食すより作る楽しみ夏野菜(大村市)平松文明

★信条は目立たざること樗咲く(東彼杵町)林 直孝

★さまざまの思ひ出浮かぶはつたい粉(長崎市)佐々木光博

★涼しさや忘れたものは何だつけ(佐世保市)荒巻洋子

★梅雨じめり亡き夫のごと包丁研ぐ(島原市)川内澄江

★いつよりか住人不在枇杷熟るる(壱岐市)長岡登志江 

【選者吟】開帳の温顔涼し鑑真像


 ※次回掲載日は8月15日。投稿は7月31日まで。