6/30朝日新聞俳句時評。「瀬戸内寂聴の遺句集『定命』」岸本尚毅
作者の名があると生彩を帯びる句だ。あの笑顔が思い浮かぶ。小説の読者は、この精力的な作家がたどりついた軽妙な句境をどう思うだろうか。一方で
★うららかや遠い恋文陽に干して
の枯れた感じはどうか。「うららか」は陽春の時候だが、この句は老境の春だ。
★死ぬる日もひとりがよろし陽だけ照れ
季語はないが、冬の日向ぼっこの感じがする。「死ぬる日もひとり」はこの作者でなくても言えそうだが、「陽だけ照 れ」と言い放った語調の鋭さと意志の強さはこの作家のものだ。
第一句集『ひとり』(2017)に
★生ぜしも死するもひとり柚子湯かな
があった。この作家の根っこにあるのは 「ひとり」であることの覚悟なのだ。
★ひとりなりこころにあられふりしきる
気丈な句が多い中、この寂寥感はどうだろう。「ひとり」であることの表象がフワッとした雪でなく、刺さるような霰であるところに、この作家の心の深淵を垣間見る思いがする。
★年々に発心の秋身に重く
得度は1973年の秋。この「発心の秋」がもたらしたものが、年を経るにつれて「身に重く」なる。決して解脱などしない。寂聴という作家は、最後まで重いものを抱え続けた。その晩年の寂聴が 「無二の友」と言った文芸は、最短詩型の俳句だったのである。
※以上は朝日新聞に掲載されていた岸本尚毅さんの文ですが、アマゾンには、本の概要として、以下のような文章がありました。
―死後見つかった心に響く「いのち」の遺句集―
「死ぬまでにもう一冊出したい」生前こう語っていた瀬戸内寂聴氏。死後、寂庵の書斎からおびただしい数の句稿が見つかった。
”小説とちがい、私にとっては俳句は無責任な愉しみだけを与えてくれるので今では無二の友になりました。死ぬまでつづけるつもりです。” (95歳のとき知人にあてた手紙より)
晩年の心の友であり、創作に注力していた俳句。万人の心に響く「いのち」の遺句集。
”先生が亡くなった後に、書斎を片付けていると原稿用紙のすみっこ、ノート、切り抜いた新聞の端っこ、メモ用紙に先生の文字で俳句がかかれていた。こうして、先生は仕事の合間や、ふといい俳句がうまれたときに書き残していた。” (瀬尾まなほ 瀬戸内寂聴元秘書)