俳句ポスト 兼題「薄暑」の回の結果発表。木曜日【秀作10句】(中級者以上)

哺乳瓶振れば薄暑の匂ひ立つ アロイジオ

 〜(夏井先生の選評。以下同じ)湯を少量入れ粉ミルクを溶かし、最後に「哺乳瓶」を振ると、独特の匂いがします。粉の甘い匂い、吸い口のゴムの匂い、湯の熱の匂い。まるで「薄暑」が匂い立ってくるかのようだという感知に、生活の詩が生まれました。


★水張りの画紙の若々しや薄暑 梵庸子

 〜「水張り」とは、絵を描く前に、水分を含ませた紙を板やパネルに張る作業。ピーンと張られた「画紙」を「若々しや」と詠嘆する心を、季語「薄暑」と吊り合わせた点が見事なバランス。水の感覚も隠し味として、一句を引き立てます。


★梯子もて薄暑の書庫に張り付きぬ 葉村 直

 天井までびっしりと本棚が設えられている「書庫」。専用の「梯子」を使って整理をしているのか、本を探しているのか。「薄暑の書庫」という表現と、「張り付きぬ」という描写が、この場の様子を過不足なく切り取りました。


★六艇が薄暑の水脈をぶつけあふ 長谷機械児

 〜「水脈」は「みお」と読み、航跡を意味します。「六艇」という数詞が、競艇場の水飛沫とエンジンの音を想起させます。「薄暑の水脈」という表現は、外でもないこの季節ならではの、という性格付け。「ぶつけあふ」の描写も的確です。


★嘴は薄暑の水へ真直ぐ入る 秋野しら露

 〜水辺にきた鳥をじっと観察しているのです。「薄暑」の明るいひかりに揺れる水面へ、「嘴」が真っ直ぐに入る。その瞬間、水の表情が変わることにハッと気づいたのではないか、と。眼球に映った映像をそのまま描写できる力に拍手を贈りましょう。


★一舟の行く手目に追ふ旅薄暑 そうま純香

 〜「薄暑」は三音の季語ですから、「旅」の二音を添えて、状況の情報を加えました。小さな舟の「行く手」を目で追っていくささやかな時間もまた、旅の豊かさ。旅ならではのゆったりとした心持ちも描かれて。


★ピアノなき壁ほの白き薄暑かな 多数野麻仁男

 〜長年壁際に置かれていた「ピアノ」を、最近になって手放したのでしょう。日光に晒されていない部分だけがほの白く残っている壁。そこには無いものへの思いを、季語「薄暑」の光が浮かび上がらせる一句です。


★屋上は薄暑、鬱王が近い 嶋村らぴ

 〜階段を上がり屋上へのドアを開くと、少し汗ばんだ体に心地よい「薄暑」の風。清々しいひかりが降り注ぐ屋上。鬱に囚われそうな感覚を「鬱王が近い」と表現したのは、「大雷雨鬱王と会うあさの夢 赤尾兜子」の本歌取り。「薄暑」と共に「鬱王」を迎え撃ちます。


★旅薄暑かめばさびしき海ぶだう にゃん

 〜同じく「旅」の句ですが、下五「海ぶだう」によって、沖縄あたりの旅ではないかと想像できます。プチプチとした食感を、「かめばさみしき」と感じとる傷心の旅でしょうか。「薄暑」の明るさが慰めのようでもあって。


★豆花をすくふ薄暑のアルミスプン 平本魚水

 〜「豆花(トーファー)」は、豆乳を固めて作ったスイーツ。台湾では古くから親しまれているようです。季語「薄暑」の明るさや心躍る気分を、バランスよく表現。「すくふ」の感触と「アルミスプン」というモノが、巧く取り合わせられた一句です。