6/6朝日新聞地方版俳壇。田中俊廣選。


当地の大先輩の荒巻洋子さんから送っていただきました〜。

★貧すれど鈍するものか蝸牛(大村市)高塚酔星 

    【評】ユーモアの中に冷静な視線も。貧すれば鈍する、という諺をずらし自らを鼓舞。精神や感性の鈍化を拒否し、むしろ活性化を志向。のっそりと言う蝸牛は自画像のようでもある。滑稽と機知は俳諧の原点である。

★放りゆく玉苗泥を囃すなり(長崎市)野中ルリ 

    【評より】手植えは苗束を間隔を置いて投げていく。「囃す」には生育や豊作への祈願が反映されている。


★朧夜の最後のブラシ仔牛市(壱岐市)長岡登志江

★楝(おうち)咲く故郷近づく岬道(長崎市)藤中正治

★大地震(ない)の家に残りて燕守る(長崎市)中島則子

★ひらがなののれんくぐりぬ花菖蒲(佐世保市)荒巻洋子

★父復員迎へし八歳花の中(長崎市)青木英夫

★老鶯や訪ふ人のなき墓ばかり(対馬市)神宮斉之

★柳絮舞ふ川岸にひそか女人塚(波佐見町)川崎三郎

★風薫る指に音聴く調律師(佐世保市)光武正義


★亡き母と同じベンチや花菖蒲(大村市)岩永一功

★診察室出れば薫風深呼吸(諫早市)篠崎秀子

★若楓そよぐ母校や喜寿の会(島原市)宮崎和夫

★里山を丸ごと揺らし青嵐(島原市)生駒周造

★白黒の家族写真や昭和の日(長崎市)山崎京子

★げんげ田はふるさとの顔母白寿(佐世保市)小山雅義

★引揚げの港に春のクルーズ船(西海市)前田一草

★振り返りもいちど「またね」夕涼し(佐世保市)相川正敏


★夏霞鉄塔作業の命綱(長与町)佐藤 剛

★波音を消す歓声や海開き(長崎市)西村直温

★草笛も口笛も鳴らず老いにけり(長崎市)江島敏子

★早苗饗の男やもめの軽き口(西海市)笹山恒子

★緑蔭や笑顔でおはす羅漢さま(諫早市)東内美智子

★吊り橋に子犬尻込み溪若葉(諫早市)中野久夫

★夢を負ひランドセルゆく里若葉(島原市)山崎国佐

★アマリリス泣きたい時ほど笑ふ女(長崎市)樋口芳子

【選者吟】薔薇咲かせ手書きメニューのレストラン


また、その他に送っていただいたもの↓

【朝日新聞地方版2023年度年度賞】


▲俳句 田中俊廣選


最優秀賞抑留を父は語らず敗戦忌(波佐見町)川辺酸模


   《川辺酸模さん(73)の父は召集されて旧満州で終戦を迎え、シベリア抑留を経験した。5年前に亡くなるまで当時の体験を語ることはほとんどなく、川辺さんも面と向かって尋ねることはなかったという。「戦争や死者と向き合う8月を迎えると、今さらながら父の体験や思いをもっと聞いておけばよかったという気持ちがこみ上げます(川辺酸模さん)」》


優秀賞サクソフォン隅まで磨き卒業す(佐世保市)相川正敏


優秀賞酒蔵に二輪三輪梅ふふむ(西海市)田川 育枝


佳作】3句

★でで虫や大江健三郎の丸眼鏡(長崎市)野中ルリ

★小さき手の不揃ひ団子今日の月(諫早市)東内美智子

★まんさく咲く苦労みせずに逝きし母(長崎市)山崎京子


【講評】俳句は五七五の小宇宙の言外に広大な奥行きを含む。省略の喚起力。そして、季語の働きを最大限に活かすことによる。

    川辺さんの句。終戦ではなく敗戦忌。父の沈黙の要因の一つは抑留に。無言の中にこそ痛みと苦渋を推察せねばならない。特に昨今の戦争へ傾く時代情況においては。

    相川さんの句。練習と演奏の充足感と卒業という別離への哀感が「隅まで磨き」に鮮明に。

    田川さんの句。早春への季節感が風土と精妙に調和。

    野中さんの句。大江文学への敬意が容姿のユーモアの背後に。

    東内さんの句。児の丸めた団子の不揃いにかわいらしさと見守る愛情が。

    山崎さんの句。他に先駆けて咲く早春の花と不屈の母との対照に深い追慕が。


▲短歌 上川原緑選者 


最優秀賞賑やかな園児の声は風に乗りふたり暮しの隙間を埋める(西海市)山本智恵


    《家族で製麺業を営み、2人の子を育て上げた山本智恵さん(65)。子が巣立ち、仕事も離れると、夫婦2人だけの長く静かな時間が訪れた。散歩の途中にふと耳にした子どもたちの声に家族の思い出がよみがえり、「隙間」のような時間に彩りを与えてくれた。「歌は生活のスパイス。楽しいと思えることに出会えたので、ずっと続けたい(山本智恵さん)」》


優秀賞】2首

★惜しみつつ疎遠の靴を処分せり万里の長城踏みし同志を(東彼杵町)林 直孝

★スマホ手に夜道を歩く二人連れ見上げてごらん今日は七夕(長与町)小川吾一


佳作】3首

★ひかえめなイヤリングつけ女子アナは子の貧困のルポを伝えぬ(大村市)本多良知

★朝ごとに親しむ楓はつ夏のひかりまといて窓を占めおり(島原市)宇土千鶴子

★春暁の街は濃墨のシルエット色の世界に目覚むるところ(長崎市) 佐々木光博


【講評】今年度も多くの作品を投稿いただいたことを嬉しく思う。大人になると、あっという間に一年が過ぎる。それはときめきが少なくなったから、だとか。琴線に触れた場面を詠む、短歌が皆さまに寄り添ってくれたらと思う。

    山本さん、ほのぼのとする二人に流れる〈時〉を切り取られた感受性。結句が巧み。

    林さん、断捨離を決めた思い出の靴、甦る足裏の記憶。

    小川さん、スマホばかり見ていないで、今日は七夕の星空だよとロマンチックな作者。

    本多さん、飢えに苦しみ、学校に通えぬ子等の現状報道をする女子アナの耳にイヤリング、観察眼が光る。

    宇土さん、窓を額とした楓葉の緑、初夏の光と風。

    佐々木さん、街が目覚めるとき色を伴ってくる美しい時間帯、詩情を醸す。