4/28NHK俳句、題「辛夷」の回の特選句及び高野ムツオさんの選評。4/29.10:00発表。

★作馬を見送る朝や花こぶし 秋田県潟上市 高椅芳承さん

 〈評〉作馬は「さくんま」と読む。耕作用に田植え前の農繁期などに雇われてゆく馬を指す。そのための馬市も開かれた。岐阜県飛騨などの方言。家族同様の馬を一家で辛夷の花と共に見送る。

★辛夷散る初めて海を恐れた日 東京都 秋野 茜さん

 〈評〉「初めて海を恐れた日」とはいつだろう。海岸の崖上に咲く辛夷を前提にすれば、やはり津波から逃れようと必死に高台に登った東日本大震災の、あの日だろう。災禍後しばらくして咲き始めた。

★花辛夷まだからつぽのランドセル 千葉県千葉市 駒井ゆきこさん

 〈評〉山間の小学校に通う一年生のランドセル。ランドセルはよく題材になるが、まだ何も入っていない状態に焦点を当てたのが成功。まもなくさまざまな思い出もたくさん詰まる日がやってくる。

★辛夷咲く車中避難の駐車場 熊本県 柊子さん

 〈評〉東日本大震災に限らないが、大災害からの緊急避難の時であろう。いつの間にか咲き始めた辛夷の眩しさが不安だらけの心を慰めたのだ。

★大阿蘇の水の匂いの花辛夷 福岡県筑紫野市 山本耕一さん

 〈評〉阿蘇山の麓に咲く辛夷である。阿蘇は水の国。辛夷の花も豊かな水を吸い上げて花開く。ぜひとも、その匂いを嗅いでみたいものだ。

★辛夷咲く帰るあてなき地にも咲く 大阪府堺市 津田明美さん

 〈評〉何か事情があって故郷に帰ることができないのだろう。その人の前で故郷と同じく辛夷の花が揺れる。リフレーンが効果的だ。

★急坂に二軒貼りつく辛夷かな 岐阜県高山市 直井輝男さん

 〈評〉坂道の途中に建つ家。さまざまな事情があってそこで生活を営んでいる。「貼りつく」が家の歴史を物語る。家を守るかのように辛夷が揺れる。

★二歩ごとに種芋一つ辛夷咲く 神奈川県茅ヶ崎市 山田瑛子さん

 〈評〉辛夷は農作業の目安の木。田打ち桜、芋植え桜などの別称がある。「二歩」「一つ」の数詞が効果的で芋を植える姿が手に取るようだ。

★花辛夷米は宝と歌ふ世の 東京都日野市 松本健さん

 〈評〉「米はたからだ たからの草を」は、文部省唱歌「田植え」の歌詞。歌に合わせるように、かつては辛夷の下で豊作を願い田植えが進んだ。