4/29読売俳壇・歌壇。


◎矢島渚男選

★天井の龍を鳴かせて春惜しむ 京都市 峰尾秀之

 【評より】いわゆる鳴龍の廊下。踏むと天井に反響して音がする。 

★縄文の味紡ぎきし能登の海苔 札幌市 武内政敏 

 【評より】縄文の時代から日本人の味覚を培ってきた味が今度の地震で危ない。

★雪柳見ごろの海龍王寺かな 奈良市 上田秋霜 

 【評より】海龍王寺は奈良のまちの東北端にあって隅寺ともいわれる。光明皇后の創建になる「五重小塔」が国宝の小さな寺である。

★山間の雨の明るき上り簗 加須市 萩原康吉

★根巻より赤土こぼる植木市 松戸市 早坂哲夫 

★動くとも見えず田螺の行き違ふ 加須市 福田啓一

★風薫る口笛吹けぬほど老いし 袖ヶ浦市 浜野まさる 

★本抱いて顎でスイッチ暮春かな 木津川市 島野秀子 

★受験日といふ引き算の日々続く 山口県 曽我欣行

★あと一寺あと百段の遍路杖 枚方市 安達京子


◎高野ムツオ選

★訥訥と問へば応へて植木市 大阪市 今井文雄 

★こんなにも地球が謎で春霞 埼玉県 吉野利美子 

★本売れば小銭となりぬ万愚節 川崎市 折戸 洋

★彼岸会や死は生きている者のもの 仙台市 鎌田 魁

★ひとつ見えつぎつぎ見えてつくしんぼ 奈良市 中島 澪

★天守閣残りし城の土筆踏む 松山市 中矢 尚

★田蛙の声を割りゆく猫車 白井市 毘舎利愛子


◎正木ゆう子選

★汚れなき羊水であれ春の海 さいたま市 関根道豊

★子狸のだぼだぼあさる田螺かな 津市 中山道春 

★はこべらや続けては見ぬ母の夢 会津若松市 佐藤秀子

★チェロの音は夕日の色や鳥帰る 川越市 横山由紀子 

★みそさざい杉の根方のうろに入る 大阪府 池田寿夫 

★鳥博士巣箱作りも上手な子 栃木県 あらゐひとし

★芹鍋の根のうまさ説く子に夫に 桐生市 高橋ハマ


◎小澤實選

★全身に巣蜂をまとひ蜜を採る 名古屋市 可知豊親

★五回目の育休の部下桜咲く 我孫子市 梶間智明

★畝端に種袋さす播き終へて 町田市 枝沢聖文


◎小池光選

★さりげなくクラスの姉さん役の子が襟の返りを直してくれた ひたちなか市 新山英輔

★新聞の「海」という字を指差して「海だ」と母がおずおず言えり 東京都 影山 博

★素晴らしい視力ですねと眼科医の言葉に酔ひて出口をまちがふ 高石市 出水美智子

★われ棲むは軍馬補充部跡地なり征きてもどらぬ馬ぞ幾万 福島県 黒沢正行 

★欠席の友に届ける給食のコッペが揺れる放課後の道 千葉市 中村ゆり

★夕闇に行方不明の放送が流るる道を家へと向かふ 伊勢原市 佐藤治代


◎栗木京子選

★入力の稚拙な誤り言い合いて夫婦いさかう確定申告 鴻巣市 福島 勉 

★延伸の新幹線のその先に繋がらなかったふるさとはある さいたま市 柳館多恵子

★母を想う時間減りゆくさびしさを告ぐれば海に燕光れり 垂水市 岩元秀人

★消え残るうえに雪降る春の日も梅の蕾の膨らみ目立つ 藤沢市 鮎沢永二

★壇上の卒業生にマスクなく返事が響き新たな世界 川口市 田代博人

★涙落つ亡母の最期の日記にはヨシオ還暦大きくなったと 鶴ヶ島市 由井意男


◎俵万智選

★やか、が好き すこやか にこやか たおやかに しなやか はなやか まろやかになる 東京都 せんとおん 

★さよならをたくさん言うため三月の三十一日あると思えり 船橋市 矢島佳奈 

★窓の外だけが勝手に春になるひとりで聞いたうぐいすの声 大和郡山市 本田 岳

★黙読のやうに煮立てる粒餡も街も深まり晩春の色 小諸市 藤 雪陽

★ドラえもん見ては思わず涙ぐむ私の中のどこでも涙 守口市 小杉なんぎん

★命日を知らない君の誕生日みつける古いアドレス帳に 東大和市 月館桜夜子


◎黒瀬珂瀾選

★「かぜひくととりさんころされちゃうんだね」待合室に幼子の声 長野市 原田りえ子

★持てば軽いカップラーメンそのことがたのもしい食がくるしくなくて 川崎市 からすまぁ

 【評】食べること自体が苦しい。この身体で生きることが重い。そういう精神状態でも、 カップラーメンならば、食事に少し手を抜ける。それが心の救いとなる時もあるのだ。 

★鰡群れて白く波立つ昼下がり黒き運河に雨降りしきる 稲城市 山口佳紀

★街灯に羽虫が寄ってくるようにやさしいひとに集まる雑務 八王子市 吉村のぞみ 

★空の色風の匂を嗅ぎ分けて今日飛び立てり丹頂の白 東京都 田中 隆 

★知り合いに手を振るごとく壁拭きて清掃員は風呂場出でゆく 秋田市 斎藤 朗