4/8読売俳壇・歌壇。

(矢島渚男選)

★あてどとは流れゆく先春の雲 浜松市 久野茂樹

 【評より】「あてど」なき旅、そんな旅がしたいものだ。

★新しき地図へ画鋲のあたたかし 雲南市 熱田俊月 

 【評】小学校の壁かな。画鋲で貼る、先生かな。でも、今は世界地図に新しくなって欲しくないものだ。「新品」の意味として採る。 

★義士祭俳号もちし義士もあり 横浜市 吉野 暢

 【評】東京芝の泉岳寺で四月初め、赤穂義士祭が行われる。大高源吾は子葉の号で、他にも何人かいて、大石内蔵助も可笑の号で句を残したとする説さえある。

★皹(ひび)の手を労りあひし友も寡婦 和歌山県 平尾晴美

★望郷の水平線や春かすむ ソウル 平井たけし

(高野ムツオ選)

★うららかやいま揺れるともしれぬ国 東京都 伊藤直司

 【評より】「揺れる」は地震の他に、政治など他の不穏な揺れも連想させる。穏やかな春日和、そして危うさ。俳諧味がある。

★早蕨のこの山さへもかつて海 京都市 足立紀子

  【評】日本列島はかつて大陸の一部。プレート移動によって海が陸となり、陸が海となった。その大自然の不思議が春の蕨の恵みをもたらした。

★春愁の燃え残りたる一斗缶 豊中市 葉村 直

 【評】焚き火用の一斗缶だろう。かつて工事現場などでよく見かけた。木屑や紙屑はよく燃えた。しかし、春愁はますます深まったようだ。

★白鷺の首や春田を一歩一歩 会津若松市 安藤和繁

★春風やどこでもドアの開きしまま 佐野市 山崎圭子

★パンジーのおそろいの顔笑ってる 千葉市 福岡初代

(正木ゆう子選)

★水汲みに精一杯や木の根明く 柏崎市 桜井真則

 【評】被災して三か月が過ぎてもまだ水道が使えない。水は重く、毎日のことなので、どんなに大変な生活か。「木の周りの雪が溶ける」という季語の明るさに僅かな救いがある。

★遠慮なく追い抜きなされ鳥雲に 下田市 森本幸平 

 【評より】後ろから来た人に向けた言葉だろうが、季語の働きで、老鳥が後続の鳥に言っているようでもある。

★3・11祈り祈り祈り 幸手市 北川 護

★根に小石噛みて薺の花咲きぬ 旭市 斉藤 功

★地べたすぐそこ春風の車椅子 福岡県 松養花子

★ていねいに小粒も食べて蜆汁 鳥取県 表 いさお

★退院の母の食べたきものに独活 熊谷市 間中 昭

★春耕やひと鍬ごとに風入れて 三木市 阿南不二枝

★二度と駆けぬグランド駆けて卒業す 上尾市 中野博夫

(小澤實選)

★受験子や深夜のシャドーボクシング 東京都 天地わたる

 【評より】受験生が勉強に飽きた深夜、気分転換のためにシャドーボクシングをしている。ボクシン グ練習も受験勉強もかなり本格的、受験も合格しそうであると思う。

★卒業を太平洋へ叫びけり 横浜市 岡 一夏 

★とりあへずネコちゃんと呼ぶ子猫かな 宝塚市 広田祝世

★春の芝歩かす亀を持ち出して 川口市 高橋まさお 

★春めくや湯気うつすらと堆肥小屋 松戸市 早坂哲夫 

★結衆に交じり葺替ボランティア 大垣市 大井公夫 

★卒業や昇降口を振り返る 狭山市 小俣友里 

★卒業のリハーサルより泣きにけり さいたま市 与語幸之助

(小池光選)

★白壁に鉛筆で描いた巨大蟻おもしろいとて母は残しぬ ひたちなか市 新山英輔 

 【評より】こどものころ、白壁いっぱいに落書きした。母は叱らず、おもしろいと残してくれた。落書きした白壁も今はもうない。

★相棒の猫はこの世の舞台から去りて心のともしびとなる 福山市 石川茂樹

★帰ったらママにあげると握り締むたんぽぽ揺れるパパとの散歩 香取市 清水和子

(栗木京子選)

★家族用ホワイトボードの四人の字それぞれの癖いかに生まれし 松戸市 山田好司

(俵万智選)

★負けたことが財産になるぐらいなら俺はとっくに大金持ちだ 松原市 たろりずむ

★「トムとジェリー」が「ジェリーとトム」で無いようにいつもあなたは右手を握る 四街道市 かきもちり 

 【評より】たいした違いはないけれど、逆だとなんだかしっくりこない。たとえが、ユニークで説得力がある。

(黒瀬珂瀾選)

★児が嘘を言うとき吾の底にいるシーラカンスがぬるりと泳ぐ 横浜市 紺屋小町

★一歳で歩き覚えしわれなるに「歩き教室」に妻と通へり 横浜市 大建雄志郎

 【評】人間の一生、という長い時間を端的に表現してみせた一首。でも、その傍らに「妻」が居ることに不思議な安らぎがあります。

★父母が静かに逝ってくれるまで専業主婦の名札下ろせず 枚方市 坊 真由美

★啓蟄にゴルフの虫も騒ぐらし寛解の夫らラインを交わす 新発田市 片山恵美子

★記念日を忘れ上手の君がいて忘れたふりの我が住む家 佐賀市 中野和美


◎「俳句あれこれ」佐藤文香さん③

遭って話して  佐藤文香


 先月、吉祥寺の小さなギャラリーで「『書肆山田の本』展」が開催された。俳人の関悦史さんがぜひ行きたいというので、私も一緒に行くことにした。

 書肆山田は詩集を中心に句集なども刊行している出版社だ。もともと現代詩読者だった関さんは「りぶるどるしおる」シリーズを集めていただけあり、サン=ジョン・ペルス『鳥』ほか目当ての本をたくさん買い込んだ。私も関さんオススメの詩人・江代充の『黒球』などを購入した。 

 関さんと私がはじめてちゃん と話したのは2009年の年 末、若手俳人のアンソロジー『新撰22』(邑書林)の刊行記念イベントだった。16歳の年の差はお互い気にせず、7年前からは一緒に同人誌をやっている。


★百年前ダダ・未来派や青簾 関悦史


 関さんには俳句を含む文学、芸術について教わることばかりだ。代わりに私は同人 誌の編集、そして一緒に出かける際の道案内を担当している。