「俳句カレンダー鑑賞」(俳句文学館⅘号)
第3句集『別の朝』所収。口誦性のある対句表現に特徴がある。「別の町別の朝」の措辞は漂泊の世界とは趣を異にする。しなやかな生き方の象徴として働いているようだ。日常そのものである町や朝が、「別」の一語を得て、魔法のように新しい風景へと切り替わる。
「別の朝」のフレーズはブルースから思い浮かんだという。研究者として何度も訪れたアメリカで作者はブルースの文化と出会う。ブルースとは何か。作者はその心を次ように解き明かす。
「こんなひどい仕打ち、もう耐えられそうもない、・・・いいさ、おれ(あたし)は別の町に行くさ、・・・いつだって、いつだって、真っ新な別の朝が来るんだからな」
生きるとは日々別の朝を迎えること。桜に立つのは作者であり、また私たちでもある。
(丸谷三砂)
★葱坊主みんな丸くてみな睡し 鈴木直充
作者の住まいは埼玉県川越市笠幡で、5階のべランダから晴れた日は南に富士山、北に秩父連山が望めるところ。
最寄りの駅から川越に向かう単線で、ある春の日、線路の上を山羊が歩いていて、駅員がそれをどかすのに小半時もかかった、という話を聞いたことがあります。
この長閑な田園風景の中で、葱坊主の隣に立ち、同じ背丈にしゃがんで、「おい、葱坊主、君たちは揃いもそろって丸いねえ。それにしても、みんな睡そうだ。呑気でいいね」と語りかける。そして葱坊主はきっと、「あなたも、風に吹かれながら、呑気ですね」と返事をしたに違いない。
この句を目にしたとき、なぜ直充師が都内に出るのに時間のかかる川越に住み続けておられるのか、という長年の疑問 が解けた気がしました。(岩永はるみ)
【坂本宮尾さん】1945年大連生まれ。東京女子大学の白塔会で山口青邨の指導を受けて俳句を始める。英文学者。東洋大学名誉教授。俳人協会評議員。第6回桂信子賞受賞。句集に「天動説」「木馬の螺子」など。
【鈴木直充さん】昭和24山形県生まれ。昭和48年春燈俳句会入会。平成4年春燈新人賞受賞。句集『素影』、『寸景』。「春燈」主宰、俳人協会理事、塔の会会員、素の会会員。
★長き夜の本に真白き頁かな 坂本宮尾
★春兆す甲骨文字に小さき影
★母の日や少年永き夢の中
★数へ日の一駅の間に暮れにけり
★瞬きのまつげに載りし滝飛沫
★這ひ進む野火をいつしか励まして
★岩塩の薔薇色の稜春浅し
★シベリアへつづく青さを鳥帰る
★職辞して春の各駅停車かな 鈴木直充
★本棚の一書を抜くや初埃
★良書だけの書架にあらず夜の秋
★去年今年いつも開け置く書斎の戸
★蔵書なぞ棄てよ棄てよと蝉しぐれ
★一書もて野分に籠もるひと日かな
※丸谷三砂さんは「天為」「パピルス」同人。
※岩永はるみさんは「春燈」同人。