4/1長崎新聞掲載の「あわい」欄及び「短歌はいま」。 


◎「あわい」欄

▼「大村文芸」第58集刊行

大村市文芸協会(六田正英会長)が、年1回発行の文芸誌「大村文芸」。


○御厨和子さん、藤原達志さん、吉本圭子さんの 3人が招待随筆を寄稿。

 御厨さんは「父の句帳」と題し、島根県松江市で暮らした亡き父やその祖父の文学的な系譜をたどった。


○短歌は19人、俳句は35人の作品を掲載。長崎新聞郷土文芸面で見かける名前も多い。


★人通り無き川沿ひを吹く風にバッグふりふり初夏を歩む(川里京子)

★つぼみより鮮やかに咲きいままさに散りゆくまでの薔薇 の紅(高瀬佐奈恵)

★六回の脳梗塞を経たる父しぶとく生きてあつさりと逝く(牧島康子)


猪垣の内に家あり田畑あり(赤城正信)

★雑草の中一本の黄水仙(岩崎はるみ)

★パクパクと映る空喰ふ錦鯉(富永正弘) 


○第33回菖蒲祭り俳句大会、第58回大村市文芸大会の結果も収載している。

 表紙絵は石橋正道さん。問い合わせは六田会長(電0957・53・2810)


▼あすなろ賞に重信珪子さん、あすなろ新人賞に小川吾一さん。


○超結社の短歌誌「あすなろ」(発行所・長崎市、上川原緑編集人)で、この1年間最も活躍した実力派歌人に贈られる第48回あすなろ賞が、重信珪子さん(神奈川県)に決まった。

 あすなろ新人賞は小川吾一さん(西彼長与町)に決まり、このほど刊行したあすなろ203号で発表した。 

 重信さんの作品は、


★花にとまる脚もかすかな蜆 蝶斑紋の橙色が目に染む(重信珪子)


 など15首を掲載。選考に当たった管野多美子さんは「自己主張のない静謐な作品は、作者の人柄のゆえだろう」と評した。


○68人の同人作品を掲載。


★狂い咲く桜はなくてたんたんと進む季節の中にこごえる(田中光子)

★河口港の浅瀬にボラの親子いて朝あさ覗くがルーティンとなる(中村すみ子)

★町中に響き渡りいる除夜の鐘打つ人少なく早めに終る(前田三千代)

★老いたとて若き異性にすっぽりと抱き締められて波立つ夢 見る(森本弘子)

★達成感なき土曜日の締めと して飽きるまで食う宵の柿ピー(山村孝)


○堀田武弘さんの研究シリーズ「被爆八十年に向けて 原爆を詠んだ長崎の歌人たち(17)」は、北岡伸夫(1902~90年)を取り上げた。また、昨年11月の日本短歌雑誌連盟秋季大会に参加した松尾みち子さんが、大会の様子をリポート。あすなろが優良歌誌として表彰を受けたことを報告した。問い合わせはあすなろ社(電095・827・5491)


▼やまなみ新人賞に仲沢園子さん(山梨県)。


 諫早市に事務局のあるやまなみ短歌会(野田光介代表)は、活動歴の浅い会員を対象にした第36回やまなみ新人賞に、山梨県の仲沢園子さんを選び、歌誌「やまなみ」4月号で発表した。 

 仲沢さんは2017年入会、東京支部所属。


★凍て空を溶かして光りのぼりくる鳳凰山の見守る街に


(記事は犬塚泉さん)


◎「短歌はいま」

静かに力強く 真実へ 「沼の夢」「薄明穹」など 大松達知

 第1歌集の良さが気負いや華やぎだとすれば、第2・第3歌集には静かな力強さがある。


▼工藤吉生「沼の夢」(左右社) 


 第2歌集。自分の頭の中をさらけ出すことによって、人間の普遍的な弱さ、滑稽さに触れる。題材は従来の短歌的ではないけれど、真実へ向ける視点は短歌の王道だ。


★地図通り同じ形の池がある正しい景色をなぞっていった

 高度に情報化された現代の病理が見える。「正しさ」を追求するあまり、個人の実感が薄くなっていることへの懐疑だ。


★雪合戦の音が聞こえる 悪を倒すために投げるという声もする

 子供のセリフすら定型に染まっている。そこに現代人の悲哀を見る。


★街路樹のひとつひとつを見て歩きどれもオレより孤独とおもう

 あらゆることを比較され続ける現代人の狂気が漂う。大きく笑ったあとに深い寂しさが来る。


▼楠蓄英「薄明穹」(短歌研究社)


 第3歌集。静謐かつ抑制ある文体で、口語脈の軽さに傾きつつある現代短歌にくさびを打つようだ。また、底流する「死」への意識に吸い込まれる怖さも主題だろう。


★時々はあの世へ行くのに使はれて非常階段に花蕊たまる

★鉄釘の錆はながれて白壁に 生まれなかつた子の影ゑがく

★死にたるをたしかむるため刺す銃剣おもひて傘を雪に刺す


 身近な素材からすっと「死」や「未生」に近づく。どれも不穏さへの嗅覚があり、幻想と現実を自在に行き来する。


▼目黒哲朗「生きる力」(本阿弥書店)


 第3歌集。人生半ばの堅実な日常の中からはみ出そうとす る心身を見つめる。 


★たつたいま手に持つてゐたはずなれどこころのごとく鍵がなくなる

★街なかで投げたらひどく怒られむ石を川原でいくつも投げる


 よくある場面に言葉で揺さぶりをかける。それは日常の中のほころびから異界をのぞき込む姿勢でもある。

 中盤には2019年の千曲川の堤防決壊を詠んだ一連がある。作者は長野市穂保地区で被災した。 


★朝の泥真昼間の泥夕方の泥の重さの少しづつ違ふ

★運ぶ前に洗面器もて掻き出しぬ洗濯槽の中の泥水


 細部のリアルさは他の多くの災害に通じる強さがある。


 3冊とも、圧倒的な現実に対して言葉で格闘している。充実の第 2・第3歌集であった。(大松達知)