3/31朝日新聞「俳句時評」。
俳人協会賞を受賞した句集『家族』(ふらんす堂)は千葉皓史の32年ぶりの 第二句集。俳人協会新人賞を受賞した前作『郊外』(花神社)の後から、平成末年までの340句が収められている。
新人賞の受賞後、「俳句とは全く別の一身上の都合」で石田勝彦、綾部仁喜に師事した俳誌「泉」を退会、その後は細々と作句を続けたという。そのことがこの三十余年の隔たりを生む一方で、句集にゆったりした時間の流れをもたらしている。
★春の虹こつんとものの置かれたる
で見えるのは、ものを置くほどの音さえ響く春の虹の明るい静けさ。
★大揺れのもののおもてを蟻の道
では、風も葉の揺れもものともしない蟻の歩みを驚きとともに描く。
★消しまはりたる春灯点けまはり
には、何か忙しくそれもうれしい春の浮きたちが宿る。
句集の中でたびたび現れるのが母だ。
★いちにちを母老いたまふ春の雨
での、春の雨のひと日の中で老いを兆していく母の姿、
★母の家に母ゐる秋の簾かな
での、秋になお残る簾の内にあるゆ っくりと進む母の時間、
★雪解風そのとき母を失ひぬ
では、春へ向かう季節のうつろいの中での忽然とした喪失を描く。一句によって日常の中にある時間を 言い留めるような句群の中で、折々に見える母への視線がわずかに時代の変遷を表す。
過ぎゆく日々の味わいを、丹念に句とすることで、改めて見える姿がある。 繰り返しのようで二度とはない慈しむべき時間に満たされた一冊だ。
千葉皓史さん(ちばこうし) 1947年東京都生まれ。早稲田大学卒業。1978年「泉」入会、俳句を石田勝彦、綾部仁喜に師事。1989年、大木あまり、長谷川櫂とともに「夏至」創刊に参加。1991年第一句集『郊外』により第15回俳人協会新人賞、2024年第二句集『家族』により第63回俳人協会賞を受賞。代表句「裸子がわれの裸をよろこべり」など。現在は結社無所属。また篆刻を菅原石廬に学ぷ。1987年、和文具・和雑貨のブランド「GENRO (ゲンロ)」創業。2005年、杉並区上井草の社屋一階にカフェ「茶・いぐさ」開店(2008年「genro & cafe」に改称、現在は息子さんが経営を続けている)。「まちづくり上井草」代表。
◇次回から「俳句時評」は、岸本尚毅さんが担当します。