1月28日NHK俳句特選9句 題「扉」の回の分。3/25発表。寒夜の扉ひとりになっただけのこと 神奈川県寒川町 石原美枝子さん

 〈高野ムツオさんの選評。以下同じ〉状況は想像に任されている。共に暮らしてきた人との死別とも、恋人との決別とも。今夜からは一人きりの生活。寒夜の扉の前で、ただそれだけなのだと自分に言い聞かせている。それが切ない。はつゆきや絵本の扉よりうさぎ 石川県白山市 真砂光子さん

 〈評〉初雪は胸がときめくもの。絵本の扉に描かれたうさぎも初雪を喜んで、絵本を開いたとたん飛び出してきた。見ていた傍の幼な子も目を丸くして喜んだだろう。メルヘン溢れる幻想世界。冬の星扉はそつと閉めてよね 兵庫県神戸市 立花 紅さん

 〈評〉扉を閉めたのはやっと温かい家にたどり着いた家族の誰かに違いない。もう家族は眠っている時間。「そっとね」と声をかけたのは冬の星だろう。作者もまた冬の星ということになる。扉開くかに筑波嶺の颪かな 茨城県つくば市 渡邊博司さん

 〈評〉関東平野の筑波嶺から吹き下ろす筑波颪。山自体はそれほど高くはないが、遮るものがない分、寒そうだ。その扉を開くのは山の神様に違いない。冬の蝶扉さがしてゐるやうな 千葉県千葉市 駒井ゆきこさん

 〈評〉力尽きたかと思うとまたよろよろと飛ぶ冬の蝶。どこへ入る扉を探しているのだろう。天国だろうか。暖かい春の国の入り口だろうか。扉には鍵穴一つ冬銀河 愛知県岡崎市 徳 照代さ

 〈評〉近年は鍵穴が二つの扉も普及しているが、やっぱりまだ一つの方が扉らしい。鍵一つで別世界に入れる。冬銀河に入る扉もあるのかもしれない。扉なきネット空間星冴ゆる 京都府木津川市 渡辺実さん

 〈評〉よくわかってないが、よく利用しているのがネット空間。扉がないから他からも出入自在。不思議な時代になったと寒々とした星を見上げている。蔵の扉の鍵のみ残り寒椿 山口県周南市 片山靖子さん

 〈評〉古くなった蔵を処分した。蔵も所蔵品も消えてしまった。残ったのは鍵のみ。しかし、思い出は心に残っていると寒椿が微笑んでいる。門扉などなくて枯野へ続きけり 大分県国東市 福田英子さん

 〈評〉枯野に門扉がないのは当たり前だが、わざわざこう指摘されると、枯野に入る門扉があったのかも知れないと思われてくるから俳句は不思議だ。