3/19読売俳壇・歌壇。

(矢島渚男選)

★あのことはあれでよかった鳥雲に 東京都 中島徒雁

★闇に舞ふ火の粉へ手上げお水取り 三木市 阿南不二枝

 ※「お水取り」=奈良東大寺二月堂における修二会の行のひとつ。3月12日深夜、堂近くの閼伽井から香水(天平時代より遠敷明神が若狭から送り届けるという時空を超えた霊水)を汲み本尊の十一面観音に供える。これが終わると奈良に本格的な春が訪れる。

春寒し誰も帰りて来ぬ故郷 北名古屋市 月城龍二 

★戸締りはせず春月の丸ければ 熊谷市 田島良生

★春もはや遠し北方領土の日 越谷市 安居院半樹

 ※北方領土の日」は2月7日。1855年のこの日に、日魯通好条約が調印されたことに因む。日魯通好条約には、日露両国の国境を択捉島とウルップ島の間にする、と明記されている。これらの条約は全てロシアの侵略によって破られ今日がある。

★春寒し空き家となりし両隣 長野県 村田 実

(高野ムツオ選)

★鶴引くや人には見えぬ空の道 川口市 清正風葉

★蕗味噌や母を語ればきりもなし 川崎市 西 順子 

(正木ゆう子選)

★丸竹夷(えびす)春めく京の童歌 枚方市 定井節子

 【評】京都の町の通りは碁盤の目のよう。その頭文字を連ねた童歌がある。丸は丸太町通、竹は竹屋町通、 夷は夷川通。覚えると場所が特定できるとあって、今も現役の童歌。

★CDの緑光冬の川底に 富士市 海野道明

★日脚伸ぶどんぶり坂の底にても 東京都 金子武夫

 【評より】どんぶり坂、どちらからも坂が下った底。

★MRIの筒抜け出して聞く初音 芦屋市 田中 俊

★鹿の角回し見もする薬喰 宝塚市 広田祝世

(小澤實選)

★母わたし叔母もふくよか桜もち 東久留米市 福西りん

★凸凹の地は凸凹に下萌ゆる 高槻市 村松 譲

★着ぶくれてスマホ講座の老い六人 熊谷市 小林幸子 

★花冷えの水上バスの水しぶき 高槻市 黒田豊子 

(小池光選)

★亡き母のたんすの隅の前掛けは七十年前吾の縫いし物 東京都 高橋芙美子 

 【評より】七十年前に母にプレゼントした手縫いの前掛 け。大事に大事に保存していたのだ。万感胸に迫る。

★絵ハガキに大きなバアバ足もとにちっちゃいジイジ敬老の日くる 川越市 大貫芳江

★期限切れし吾のパスポート捨てがたしガムランの音をなつかしむため 浜松市 藤田亜耶 

 ※ガムランはインドネシア各地の様々な打楽器合奏の総称。マレー語(インドネシア語)の「ガムル」(たたく)が語源。

白鳥は風の匂ひをかぎわけて計りゐるらし北へ帰る日 足利市 熊田敏夫

(栗木京子選)

★幼な児ら福よぶ声に負けぬほど「地しん来ないで」と豆強くまく 袋井市 荒野 学

 【評より】子等の脳裡に一月一日の能登半島地震のことが強く記憶に残っているのだ。

★亡き夫との思ひ出残る茶房でもレジの支払ひ自動となりぬ 所沢市 志村記子 

 【評より】思い出の茶房、レジでのやりとりも印象深い ものだったのだ。

★出口なき相談ばかり受けをれば民生委員の吾は少し「うつ」鴻巣市 渡辺照夫

★ねんねこに蜜柑温めた母の背の思い出辿る故郷の道 兵庫県 若藤成生 

(俵万智選)

★家中に枯れた葉っぱが落ちていて終着点で二歳はねむる 東村山市 月出里ひな

(黒瀬珂瀾選)

★一輪の椿のいのち受け止める輪島漆器の内なるひかり 小野市 大野多恵子

 【評より】被災地能登への応援と読んだ。伝統は必ずよみがえる。

★クレソンを野遊びのごと吾が摘めば母は拵(こさ)えた夕餉の一品 豊前市 中村澄枝

★突然に逝きし息子の仏前に免許更新の知らせが届く 東金市 井口知子

★言論も氷点下なるモスクワで反戦候補に署名する列 阪南市 岡本文子

★赴任地で独り五十を迎えたる息子にケーキのスタンプ送る 河内長野市 宮守 富 


◎同ページにあった「枝折(しおり)」句集、歌集紹介記事。

▼土井探花句集『地球醉』


 兜太現代俳句新人賞受賞者の第1句集。2019年以降の作品を中心に、299句を収録する。地球に生まれた誰もが日常で感じる孤独を、平易な言葉で客観的に見つめる。

★どうでもよいひととけつこうよい花火

(現代俳句協会、2200円)


▼渡英子歌集『しづかな街』


 「短歌人」同人の第5歌集。歌集名はコロナが蔓延する直前に訪れた北スペインの街の風景を詠んだ歌から取ったという。

★レプリカの壁画への道に冬陽差しゲルニカは静か、しづかな街だ

(本阿弥書店、3080円)


▼富田豊子歌集『臥龍梅』 


 熊本で活動してきたベテランの第6歌集。熊本地震のほか、老境の日々を静かに詠んだ歌を収めた。

★網繕ふ老いたる漁夫よ波止に居て風のことばを聴いてゐるのか

(砂子屋書房、3300円) 


▼第41回兜太現代俳句新人賞=楠本奇蹄「触るる眼」(50句)


★研げば刃の窮屈なりき薔薇いちりん  

★ハードリカー西日が地図を掻き毟る

★ひぐらしのnerveをあふれ苦い飴  

★雪触るる眼のあり誰の孤燭ならむ

★こゑにあつて玻璃にないもの冴返る


◎地域版のグループ作品

次ページに読みやすいようにしてまた投稿します。