3/11読売俳壇・歌壇。

(矢島渚男選)

★巣作りの鴉針金曲げに曲げ 宝塚市 広田祝世

★投げ合いとなりし我が家の年の豆 北九州市 宝満光保 

★厳寒の朝練輓馬湯気けぶる 千葉市 高 久

★灰色の艦船犇(ひし)と冴返る 神奈川県 中島やさか

★冬深む父投げ売りし開墾地 青梅市 松野英昌

★日脚伸ぶ病む弟へはがき書く 加茂市 田代旅子

(高野ムツオ選)

★笹起きる音が山河を目覚めさす 東大阪市 梶田高清

 【評】「笹起きる」は積もった雪に耐えていた笹が雪解けで立ち上がるさま。北海道で生まれた季語。その音に大自然もまた眠りから覚める。 

★渋滞の車列を縫って初蝶来 東京都 中島徒雁 

★難云えば薬また増ゆ二月尽 宝塚市 羽山淳子 

★笹鳴きや絶えて久しき路線バス 南丹市 小西すみ子 

★湯豆腐の怒りのやうな熱さかな 甲府市 村田一広

★夫の手がいつしか肩に梅日和 さいたま市 加治美智子

(正木ゆう子選)

★雪降るや祈りは声を伴はず 羽曳野市 鎌田如水

 【評】何もできないから祈る。言葉にならないから祈る。声が届かないから祈る。思いよ届けと祈る。見えないものを信じて祈る。祈るしかないから祈る。ただただ祈る。

★いつぱいに蹼(みずかき)ひらき薄氷 神戸市 藤生不二男

 【評】着水したつもりの鴨が、氷の上で滑って慌てているのを見たことがある。彼もきっと蹼を一杯に開いて踏ん張っていたにちがいない。

★冴返る所詮はひとりこれでいい 神奈川県 石原美枝子 

 【評より】孤独を詠んだ投句は多いが、この句は下五が力強い。

★はうはうと狸啼きしは夜半の庭 札幌市 進藤直樹

★大試験終へて食ふのか眠るのか 奈良市 上田秋霜

★布団針老いて重宝針供養 神戸市 吉野勝子

★旧正を祝ふごつた煮やたら漬 東京都 望月清彦

 ※「やたら漬け」=半年かけて何種類もの野菜を漬ける冬の保存食。なすやきゅうり、しその実やみょうがなど、やたら野菜を使って、やたらおいしいので「やたら漬け」という。

(小澤實選)

★関東豆(かんとまめ)撒きて津軽や福は内 青森市 天童光宏

 【評より】関東豆とは落花生のこと。節分に大豆では無く落花生を撒く地方もある。

★春の夜や文庫『タルチュフ』★(ほし)ひとつ 静岡市 山本正幸 

 【評】昔岩波文庫は値段を星印で示していた。星ひとつは一番薄いわけだ。『タルチュフ』はフランスの作家モリエールの戯曲である。

★新品の消しゴム二つ大試験 高岡市 池田典恵

 【評】新品の消しゴムをふたつも持ってきたところに、この句の登場人物の大試験への意気込みと緊張感とが読みとれるわけである。

★使はれて歯ブラシ疲れ春寒し 川崎市 折戸 洋

★引き近き鴨のせわしき羽音なり 日立市 菊池二三夫

★春めきて大道芸のジャグリング 伊勢市 藤田ゆきまち

★蕗味噌をすこし焦がして昼の酒 高山市 直井照男

(小池光選)

★深爪の足の小指より鮮血の吹き出づるなほ生きよといふか 市川市 安田恭子

★落書きに昔懐かし絵をみたり「へのへのもへじ」は生きていたのだ 横浜市 芳垣光男 

★三週ぶりに蛇口の水を飲む人の涙の笑顔がまぶたに焼きつく 秩父市 高橋秀文 

 【評より】能登大地震の歌。三週間ぶりに水道が復旧し、蛇口から水を飲む人の涙の笑顔。

★とくに何もやましいことはないけれどマスクでほくろを隠して生きる 千葉市 佐藤綾子

★ただいまと庭のお花に声かける シンビジウムがお帰りなさい 千葉市 福岡初代

(栗木京子選)

★「合格はぼくとみんなに」と書かれゐる湯島天神の絵馬のひとつに 入間市 古屋冴子

★ジャンケンで勝ち残るなんてラッキーね「グローブ」最初に使える孫は 東京都 堤 美枝子  

 【評より】大谷翔平選手が日本全国の小学校に贈ったグローブ。

★読みかけの本から栞を抜くようにLINE一つで終わる恋愛 狛江市 雪本圭吾

 【評より】作者は中学生。上句の比喩が的確。 

★三日目の土に汚れた雪だるまこわせと長男だめだと二男 宇都宮市 津布久 勇 

★銀山の温泉宿に降る雪は明治時代の温もりがある 山形市 柏屋敏秋

★雪止みて星々いっそう輝けりオルゴールで聞く「星に願いを」富岡市 宮前咲恵

★ため池は今も遊び場 農業を継がざりし友と寒鮒を釣る 静岡市 柴田和彦

(俵万智選)

★方言で喋ってみてよ東京の言葉で綺麗に笑われた春 小金井市 中島 遥

 【評より】地方から東京へ転校した場面だろうか。「綺麗に笑」うという表現に、相手の意地の悪さや自分の悔しさや方言への引け目など、複雑な感情が渦巻いている。

★クロッカスもうじき咲くか子の部屋に「地球の歩き方」置いてあり 船橋市 矢島佳奈 

★地(つち)を蹴るやうに写真をスクロールすれば流るるとりどりの色 八王子市 土屋ひろ菜 

★ほぼ水のからだにきみの手がふれてわたしの内にひろがる波紋 上尾市 関根裕治

★マフラーの巻き方は風に教わったみたいなきみの変な結び目 大和郡山市 大津穂波 

★たのしいがたのしかったに変わるころ筋肉痛のようにさみしい 東京都 原田 葉

★路地裏にただ居るだけの猫がいてただ居るだけが出来ない私 守口市 小杉なんぎん

(黒瀬珂瀾選)

★カツ丼にときめく九十はカー押して「梅久」に行く梅花見ながら 小美玉市 松山 光

 【評より】「梅久」は地元のお店、カツ丼を楽しみにしっかりと自分の足で歩む九十翁。人の生きる姿をさりげなく見せてくれる一首。地元だけで通じる固有名詞を詠み込んだ点がユニーク。 

★防災の本を三冊買ひ求めお釣りを募金箱へと入れる 村上市 鈴木正芳

 【評より】作者の住む新潟県村上市にも今回の能登半島地震の被害が及んだと聞く。

★善逸の雀の柄のTシャツよ春一番に吹かれいづこへ 調布市菊川直樹 

★四十まで求人欄を日々見てたあの頃荒野に残されたようで 筑紫野市 桂 仁徳 

★スタックせる我のタイヤを掘り出してシャベル担いで勇者は去りぬ 松江市 犬山純子

★電子にて言葉とびかう世となりて手紙は瀕死の白鳥のよう 豊橋市 坂部さち

★九度目の十両昇進力士の記事何度も読みぬうなずきながら 草加市 新井美智子 

★つれあいを許して髪を撫でてやる母子の縁薄かりし連れあい 松江市 三方純子


◎「俳句あれこれ」は池田澄子さんの「ときめき永久に」の④です。

ときめき永久に④ 池田澄子


 毎年の「俳句研究」11月号が特に、俳句は優雅な手遊びではないと私を煽りました。  


 1977年第5回五十句競作の佳作第一席は、「クレヨンの黄を麦秋のために折る」で記憶していた林桂の作で「嫁入りの母のうぬぼれ鏡かな」「夢の祭にサーカスが来て点りけり」など。新潟の大学生とあった。

 沢好摩も、やはり大学生の夏石番矢も第二席に載っていた。


 その号は「三橋敏雄特集」でもありました。自選二百句の各句に、世の誘いを掻き分けて俳句に立ち向かっている作者の、敬虔な祈りのような厳しさと悦びを感じたのでした。17歳の作「少年ありピカソの青のなかに病む」から「夏百夜はだけて白き母の恩」など。


 俳句は風流韻事ではないのだと各句が私に囁いた。その人に師事して俳句を究めていきたいと無謀にも決めたあの日々。あのときめきを抱えて今も、ひたすら俳句を書いています。