3/10朝日俳壇・歌壇。
☆古びたら旅に出でなむ春の雲(箕面市)櫻井宗和
※小林貴子共選。
【評より】「古ぶ」とは時代に追い越されること。
★春愁を玻璃に映して歩きけり(市川市)をがはまなぶ
【評より】ショーウィンドーに映る春愁の人。
★マフラーをひょいと私に巻いた人(新庄市)三浦大三
★水仙花夜までつづく憤(長崎市)村山信一郎
★春の雪子らにぎやかに下校せり(東京都府中市)志村耕一
★卒業歌どれも恩など知らぬ顔(神戸市)金澤 健
★白魚は桶に蓬は竹籠に(津市)中山道治
◎大串章選
★卒寿なほ踏み出す一歩草萌ゆる(敦賀市)中井一雄
★風葬の如く溶けゆく雪達磨(苫小牧市)齊藤まさし
★肩車されはじめての梅見かな(浜松市)久野茂樹
★薄氷や風の記憶を閉じ込める(柏市)田頭玲子
★もう歳のわからぬ父へ年の豆(春日部市)池田桐人
★考へてゐるかのやうに雪の降る(八王子市)額田浩文
★火口湖の凍湖を渉る朝日中(小城市)福地子道
★大和路の光あつめて梅ひらく(奈良市)田村英一
★薄氷のその下にある明日かな(大阪市)中崎千恵
★捨てられぬ父の軍手と防寒帽(川口市)青柳 悠
◎高山れおな選
★ニン月やなにげに鳶の鳴く日なり(境港市)大谷和三②
★ぐずる子に「ほれ」と人参朝市女(小平市)田中杏花
★冬の底咲きて過ぎぬ終電車(湖南市)鈴木 強
★ロンドンの春節雪の中華街(東京都世田谷区)松木長勝
★襟巻の狐の語る絵空事(松山市)杉山 望
★新しき鞄の軽さ風光る(宮崎市)山野楓子
★春星のかなたセイジもカラヤンも(長野市)縣 展子
★練切の椿菜の花春立ちぬ(豊田市)花園まあ
◎小林貴子選
★ハチ公に懐く子犬の雪像が(群馬県みなかみ町)長浜利子
★植物性フェルト感です猫柳(筑後市)近藤史紀
★春雨や艶な話をしたくなる(福岡市)高山國光
★問ふごとく白鳥吾を見つめをり(宮城県美里町)狩野宏史
★勝鶏に余力あり駆けまはりけり(東京都足立区)望月清彦
★自己に振るG線上のアリア春(北九州市)中村テルミ
★春立つや妻を誘ひてカフェテラス(津市)冨田正宏
★指揮棒をたった一本携えて世界に道つけ小澤征爾逝く(北広島市)前田真志
【評より】2月6日になくなられた小澤征爾さんの追悼。
★大ジャンプ葛西が五十路超えて勝つ衰え蹴とばす技と執念(習志野市)元杉紀雄
★婆ちゃんを背負い地震を逃げ切った能登の球児を待つ甲子園(尾道市)大本和子
★友達の結婚報告聞きながらいっぱい笑い一緒に泣いた(富山市)松田梨子
★同居する父の介護を五年せし我に同居の子は居らず老ゆ(四国中央市)石川明憲
★沼酸槐(ぬますぐり)と和名に書けばまるで魔女の秘薬の妖しさブルーベリーは(光市)永井すず恵
★しらみだらけの軍服脱ぎ全裸となり骨皮となりて父は帰りぬ(本庄市)斉藤喜久子
★沢蟹は黒潮に乗り旅をする屋久島を出て伊豆の地にまで(八千代市)砂川壮一
★胃カメラを飲みつつ思う父親が癌になった日母が泣いた日(関市)武藤 修
★字余りのようなものだと医者笑う虫垂炎を痛がる吾に(豊川市)石黒永一
◎佐佐木幸綱選
★ヴィヴァルディの「四季」を指揮する小澤氏の魔法の手から春がはじまる(藤沢市)河本おりえ
★無鉄砲やった時代が宝なり「世界のオザワ」春風に乗る(埼玉県)とやてるき
★日本橋から埼玉が見えし敗戦後能登の地震のいまにかさなる(横浜市)小林貴以子
★臓物のはみ出すごとく家具吐きし家屋の呻くこゑする通り(羽咋市)北野みや子
★「あと十分」捜索終了告げる声寒天に響く倒壊現場(石川県)瀧上裕幸
★海苔舟の吃水深く帰り来る有明海の光の道を(霧島市)内村としお
★駅前の広場に能登の牡蠣小屋が臨時に出来てラッシュの賑わい(三郷市)木村義熙
★新しき地図買いにゆく新しき生活始める子の住む町の(高槻市)藤本恵理子
★信濃川を校歌に誇るふるさとの小学校がまた一つ消ゆ(東京都)庭野治男
★白樺の根方に古き辞書を埋め学寮去りぬ帰国の朝に(羽村市)竹田元子
◎高野公彦選
★大江亡く小澤も逝きたり日本の自由と知性の先達恋し(町田市)若山哲男
★揺すらるる心の場所は違へども亜紀もよしそして征爾素晴らし(東京都)上田国博
★ラジオからどじょっこふなっこの唄流れ朝の厨に菜花を洗う(町田市)山田道子
★庭に咲く梅、水仙を胸元に棺の母は春の香まとう(福山市)倉田ひろみ
★ガザの子はハマスの後継者と決めて銃を向けるかネタニヤフらは(近江八幡市)寺下吉則
★コンビニもスーパーもないインドの旅小規模店を守るためらし(八尾市)西口初栄
★集まりし人らはスマホばかり見るこんなに広い自然公園(川越市)大野宥之介
★寒雨過ぎしモノトーンの帰路見上げれば我にも伸びる天使の梯子(相模原市)石井裕乃
★レアらしいハートの形のグミ一粒ためらわず「ママ、あげる」と言う子(奈良市)山添聖子
★波の音波のころがす石の音遍路寝かさず土佐の夜更くる(徳島市)清水君平
◎永田和宏選
★あの朝もあなたの歌を新聞に探していたり逝去を知らず(滝沢市)越前谷洋子
★地下鉄に小澤征爾をわれは見きバックパックの歩みつよかりき(逗子市)織立敏博
★指揮台のオザワの瞳を見るために舞台後方席を選びぬ(八尾市)水野一也
★上川氏よちくりと言つてほしかつた夜明けは遠いぐらいの皮肉(嘉麻市)野見山弘子
★「はがやしい」朝市あつた焼け跡に両手を合はすひとりの女性(鹿嶋市)大熊佳世子
★白魚の動きて影の生まれるを猫と一緒に目で追ひにけり(厚木市)北村純一
★大いなる風花受けて湖岸ゆく天浜線の一両電車は(浜松市)久野茂樹
★死産した子牛の四肢にロープ掛け引き出す父見て獣医を継がず(姫路市)箭吹征一
★あればよしなくてもいいがやはり欲し友の異論と鍋の春菊(名古屋市)山守美紀
★旅先で近所の人に会ったよう朝日の常連さんの名他紙に(上越市)大堀みき
【評より】長尾幹也さんが亡くなった。病と闘いながら、最後は視線入力で投稿を続け、本欄の読者に生きるということの意味と大切さを問い続けた。越前谷さんのように、毎週その歌を探しておられた人も多かった筈。
◎「うたをよむ」欄は、長谷川櫂さんによる「花の山姥」。昨年亡くなった黒田杏子さんのこと。