俳句ポスト365、兼題「蜜柑」の回、木曜日【秀作10句】(中級者以上)

★卒論の資料とみかん籠城す このみ杏仁

 〜(夏井先生の選評全文。以下同じ)「卒論」を仕上げなくてはいけない時期は、まさに「みかん」の旬の頃。卒論のための分厚い資料と蜜柑を抱えて、最後の追い込みの「籠城」です。蜜柑ばかりに手をのばすことのないよう健闘を祈ります。


みかんむく母はさみしきお人形 ことまと

 認知症のお母さんでしょうか。渡された「みかん」を剥くことはできるのだけれど、昔のような楽しいお喋りや笑いは、最早戻ってはこないのです。「母はさみしきお人形」という詩語のなんと切ないことでしょう。


蜜柑剥く手の甲仕事のメモ数多 つちや郷里

 忙しさに紛れて意識していなかった手の甲。蜜柑を剥きつつふと見ると、何やら文字が書きつけてある。どれも仕事のメモばかり。明るく甘酸っぱい蜜柑は、元気の素。気忙しく食べ終えて、仕事に戻っていくのでしょう。


蜜柑なら三口以内で喰ふ育ち 立部笑子

 「蜜柑なら」という書き方については評価が分かれるかと思いますが、蜜柑を「三口以内で喰ふ」ような「育ち」であるよ、という表現に強いリアリティがあります。自嘲と読むか、あっけらかんとした笑いと読むか。読みの奥行きもあります。


治療終へ全房に種ある蜜柑 蜘蛛野澄香

 やれやれという安堵と共に口にした蜜柑。その全ての房に種があることに気づきます。「蜜柑」の描写でありつつ、何の治療かを示唆するような中七下五。摘出する治療か、命を宿らせる治療か。読みが広がります。


香典を数えた指でむく蜜柑 夏草はむ

 「香典」を数えるのも家族の誰かがしなくてはいけない仕事。悲しみの中での金勘定。それを終えた「指」で剥いた「蜜柑」を口に放り込んだとたん、甘酸っぱさに思わず胸がつかえる。そんな経験が私にもありました。


胎児まだこの一房の蜜柑ほど 葉村直

 妊娠すると酸っぱいものを食べたくなる人もいます。口にしようとした一房の蜜柑。そうか、「胎児」はまだこのくらいの大きさなのだと可視化することによって、体内に宿る命の実感を手にしているのです。


盗めそう盗まないけど蜜柑成る 公木正

 確かに蜜柑って、道路の両側に畑があって、たわわに実をつけた木が並んでいたりするのです。「盗まないけど」まさに「盗めそう」。そう思ってしまう正直さ。思わず笑ってしまいました。


ボスの来ぬ役員会や蜜柑剥く 音羽凜

 PTAでしょうか、町内会でしょうか。今日は「ボス」が欠席しているというだけで、空気が和やかになっている「役員会」。中七の「や」の詠嘆が皮肉にも可笑しい。この場を象徴してやまない下五「蜜柑剥く」です。


★トランプを終えてみかんを定位置へ 中山月波

 賑やかなトランプ遊びが終わりました。いつものリビングに現状回復。テレビのリモコンはここ。この時期定番の「みかん」はここ。「定位置へ」という措辞が、各家庭のそれぞれの定位置を思わせるところがミソですね。