2/26朝日俳壇・歌壇ページに掲載されていた「俳句時評」。読みやすいようにして活字を興して投稿しました。

創作の原動力 阪西敦子

 今回は、二冊の句集を紹介したい。


▼岩田奎の第一句集『膚(はだえ)』(ふらんす堂)


 2020年に史上最年少で角川俳句賞を受賞した岩田は、この句集で俳人協会新人賞を受賞した。書名は「事物の表面にある、ありのままのグロテスクな様相を写しとること」への思いを含む。 


★逃水をいふ唇の罅割れて

 〜捉えどころのない逃水の発生を伝える人の唇の罅割れに焦点を当て、その瞬間が確実に存在したことを言い留める。


 同じく蜃気楼を描いた、


★蜃気楼はこばれくるはアジフライ

 〜海という詩情の一方、親しみのある食べもので現実を実感させる。 


▼佐藤文香の『こゑは消えるのに』(港の人)


 佐藤は詩集『渡す手』(思潮社)が中原中也賞に選ばれたばかりだが、この句集は一年間のアメリカ滞在期間の作品をまとめたものだ。

 「誰かに語って聞かせるほどでもないこと」を受け止める俳句という器が、海外での創作に適したという。


 タイトルとなった句、


★こゑで逢ふ真夏やこゑは消えるのに

 〜行き交う声によって表される生命力旺盛な夏にすでに兆す衰退を描き出す。


★はつなつの夕日が縦に白樺に

 〜はつなつ、夕日、白樺は日本でも見られるものだが、空気や広さの違い、環境や視線の変化が、「縦に」という発見を生んだ。小さなことだけれど、それが俳句になった。



 事物のありのままや、ささやかさに価値をおく創作は、これまでも俳句が続けてきたありかただ。その魅力を知り、そ れを原動力として進む二人。次の創作が 待たれる。(阪西敦子)

★紫木蓮全天曇にして降らず

★しりとりは生者のあそび霧氷林

★愛鳥週間調律師この木木を来よ

★入学の体から血を採るといふ

★柳揺れ次の柳の見えにけり

★にはとりの歩いてゐたる木賊かな

★枯園にてアーッと怒りはじめたる

★靴篦の大きな力春の山

★ハイビーム消して螢へ突込みぬ

★立てて来しワイパー二本鏡割

★桑港を巡り思索にかなしき艶

★七面鳥五羽や舗道を一列に

★テキサスの八月蟇のごとき雲

★ホテルに街角英字新聞一切読まず

★平麺に兎ソースや加州の月