読売俳壇・歌壇年間賞まとめ


◎短歌

★大谷の剛球決まりWBC日本が勝利し妻に抱きつく 吹田市 鈴木基充

    【評】短歌は機会詩という一面があり、時局で話題の人がいろいろ登場する。昨年もっとも短歌に登場したのはなんといっても大谷翔平選手だろう。特にWBCでの劇的な優勝は感動的であった。歓喜、感激のあまり思わずかたわらの妻に抱きついた。おもしろい。スポーツの力は実に偉大である。(小池光)


★四年振り友との会話弾みけり振り返る人に会釈で詫びる 東京都 寺岡芙聖子 

    【評】コロナ下の規制が緩和され、公共の場でも友人と楽しく会話できるようになった。ただ、はしゃぎぎは要注意。「振り返る人」からは、周囲の人々の厳しい反応も伝わる。気まずい思いで作者は黙って頭を下げたのだろう。晴れやかな上句とおずおずとした下句の対比から、新型コロナウイルスをめぐる過渡期の状況が浮かび上がる。(栗木京子)

★まず土地に杭を打ち込むようにして二人暮らしにたてる歯ブラシ 越谷市 あきやま 

    【評】暮らしの基本は、歯磨きのような日常だ。週末デートに花を飾るのとは違う。同棲を始める時のウキウキ感だけではなく、地味な覚悟が 伝わってくるのがいい。基礎工事を思わせる「土地に杭」が人生の土台をしっかり作ろうという気概とともに、歯ブラシの形状とも響きあい、うまい比喩になっている。(俵万智)


★戦地でも患者を見捨てない人へ遠くの地から逃げよと言った 泉大津市 のぶつばき 

    【評】昨年は、何かの鑑が外れたように各地に紛争・戦争が広がりました。SNSの発達により戦地からの声がダイレクトに届く現代です。そんな時代に、受難する人々とどのように連帯するか。自らの意志で戦地に留まる人達にいかなる声をかけうるか。誰もが当事者となる現実を抉る一首です。 (黒瀬珂瀾)


◎俳句

★暑すぎて白熊氷にも寄らず 宝塚市 広田祝世

★暑すぎて白熊氷にも寄らず 宝塚市 広田祝世

 【評】「マフラーの長さは二人分だけど・関根ともみ」「新緑のしづくを集め五色沼・吉村恵子」「折りたたむ如くに暮るる秋の空・高橋広子」「自転車は風の乗り物いわし雲 ・加田紗智」など多くの秀句に恵まれた中から広田さんを挙げる。

 猛暑の動物園を描き、俳諧のうちに悲哀をこめた面白い句である。(矢島渚男)


★教室のみんな見ている秋の虹 総社市 風早貞夫 

 【評】授業中であろうか、休み時間であろうか。窓辺のひとりが「虹だ」と声をあげる。教室のみんなが窓辺に目をやり、空を見上げる。先生のほうを見ていたり、机の上の教科書 やノートを見たりしている生徒は一人もいない。虹はたちまち消える。ただの「秋の虹」なのだが、皆で澄み渡った青い空を見ている。(宇多喜代子)

★拭き上げてコード細しよ冷蔵庫 川崎市 井手真知子 

 【評】濡らした布で挟むようにして、埃を被ったコードを拭く。長いコードをしごくようにして拭き上げるとき、冷蔵庫は働き者なのに、コードは案外細いんだなと思ったことが 私にもあったが、言葉にはしなかった。同じことを多くの読者が思うだ ろう。世界情勢や宇宙を詠むわけではないこんな句にも、俳句の確かな場が在る。(正木ゆう子)


★人生でいちばん水分とった夏 相模原市 相模湖福幹 

 【評】昨夏は非常に暑く、とても永かった。水分を十分に取らないと、生命の危険さえ感じる暑さだった。ぼくも外出時には水筒を持ち歩いて、よく水を飲んだ。

 この作者の感じた「人生でいちばん水分とった」というところに共感する。自分自身の肉体を通して、この夏を捉えている。「とった」という口語のざっくばらんなところもいい。(小澤實)