1/29毎日俳壇・歌壇。
(片山由美子選)
★着膨れてぶつかり歩く部屋の中 鎌ケ谷市 海野公生
〈評〉部屋のあちこちにぶつかりながら歩くというのがユーモラス。わが身でありながらわが身ではないようなもどかしさ。
★鳥一羽さへも見かけぬ冬田かな 枚方市 林 弘
★神棚の水替へて待つ除夜の鐘 東京 渡邊 顯
★子の遺影夫の遺影や寒の入 春日市 渡辺真奈美
★繭玉や試し書きして紙えらび 日野市 田村登代子
★冬薔薇どこかよそよそしく咲きぬ 狭山市 小俣敦美
★玄関にあふるる靴やお正月 東京 小栗しづゑ
(小川軽舟選)
★朝昼晩三度の飯と雪掻きと 青森市 小山内豊彦
★なほ暗き路地へと夜鳴饂飩かな 雲南市 熱田俊月
〈評〉路地の先がこの世の外に通じているような寂しさ。「なほ暗き」がそう思わせる。
(西村和子選)
★人々はやがて無言で雪を掻く 青森市 小山内豊彦
〈評より〉朝のあいさつや雪について言葉を交わしていた人々は、という情景が省略されている。
★生涯を生き抜く津軽根雪踏む 青森市 天童光宏
〈評より〉この地で生き抜く覚悟で根雪をしっかり踏み締める力強さが伝わってくる。
★犇めきて兎の眠る寒九かな 高山市 直井照男
★樹幹つたひ飛び石つたひ初雀 那須塩原市 谷口 弘
★除夜の湯に手術の痕をさすりけり 志木市 谷村康志
★古日記時には殴り書きもあり 土浦市 今泉準一
(井上康明選)
★茜雲ほどきつつ年始まりぬ 奈良市 伊東 勝
★避難所の体育館や息白し 金沢市 竹内一ニ
〈評より〉白い息は、被災した人々のかけがえのない生命の証。
★ただならぬことに明けたる寒さかな 鎌倉市 小川 求
★倒壊の家屋そのまま日脚伸ぶ 西尾市 金子恵美
★老いたれど考へる葦年迎ふ 奈良市 奥 良彦
★生国は上州碓氷七日粥 前橋市 松本 潤
★風邪の子の学級閉鎖ひとクラス 西宮市 上田佳子
★作風の母似と言はる蕪汁 臼杵市 村上玲子
(伊藤一彦選)
★枝は枯れ幹は折れても憎しみの木の根は死なず報復を期す 仙台市 多田宜文
★空爆をされたガザ市に立ちすくむ「HOPE」のロゴのシャツの少年 三条市 甘 辛
★喧嘩した朝も手作りおにぎりの梅干しの種はちゃんと抜かれてる 京都市 小池ひろみ
★丘の墓所向かひの山の裾近く今は空き家の母の家見ゆ 神戸市 中林照明
★日本に生まれただけで充分と言ひつつ憂ふ先の先の世 瑞穂市 渡部芳郎
(米川千嘉子選)
★日の丸を襷掛けして出征の父を掲げて家古びたり 大阪市 下川佳子
★嗚咽するわたしのことを世界からひととき隠し音姫うたう 東京 石川真琴
〈評より〉「音姫」はトイレの消音装置。
★癒えたならリハビリメークしやうかと欠伸のあとに妻の言ひたり 南相馬市 児玉邦一
★キャッシュレスペーパーレスにセルフレジせめて賀状を手書きに戻す 札幌市 佐々木さと子
(加藤治郎選)
★許すって十回言って そのあとで許せとうっかり言っていいから 大津市 世田夏雪
★ぽっつりと「お疲れさま」のメモひとつ青いリンゴが笑ったような 大阪市 吉田昌之
★傷薬として時々開くのは過去にもらったRe:Re:Re:のメール 横浜市 友常甘酢
(水原紫苑選)
★肉体を喪うためのような青 水族館をひとりで周る さいたま市 雨谷詩穂
★満月が熊野古道にさしこめば山のけものの騒めく気配 東大阪市 池中健一
★潮風と青草の香に充たされて馬だったころへ還りゆきたり 春日井市 長谷川径子