髙平保子句集『船団』(5) 全句一覧

(昭和61〜64年)

1 海よりも濃き吾が夫の夏のシャツ

2 青空に弾くる声や鯵大漁

3 籐枕仮寝の夫に潮匂ふ

4 帰港やや遅るる知らせ霧の夜

5 大寒や短く交はす漁ことば

6 五智網の大漁の沙汰さくら鯛

7 アバを組む赤銅色の肩の汗

8 凧上げて使ひきつたる浜の空

9 野分立つ操舵の窓に十字切る

10 初鰹ひと際はねて高値つく


11 なにはさておき寒鰤を捌かねば

12 玄海の色失はず飛魚(あご)かわく

13 バンダナや二百十日の舫ひ船

14 錨打つ波の一撃台風来

15 船団へ声かけて雁帰りけり

16 黒南風のすんなり開かぬ船箪笥

17 冬日差し網つくろひの大あぐら

18 飛魚北(あごぎた)や空白続く漁日誌

19 牡蠣焼いて太平洋をすすりけり

20 潮の香の君に抱かるる十六夜


21 麦は穂に待つ事慣れて漁師妻

22 産声や白木蓮の空揺らし

23 乳呑児の浴衣まさぐる身八ツ口

24 かけ出してママと呼ぶ声さくら貝

25 夏芝をぴこぴこ鳴かす幼靴

26 母と子は同じ齢なり聖夜劇

27 縄飛びに交じる先生風光る

28 春泥を飛び損ねたるランドセル

29 手加減のなかりし子らの土竜打ち

30 鉄棒の空けり上げて卒業す


31 新涼の白きTシャツ変声期

32 卒業や無口な子にも喉仏

33 漁すてし子には子の道賀状来る

34 ひらがなに交じるカタカナ鳥の恋

35 子の一字もらふ船名青葉潮

(平成1〜9年)

36 寝かせおく明日のパン生地復活祭

37 操舵室マリアの横に餅飾り

(平成26年)

38 十戒の一つを犯し寒の紅

39 焼酎の発祥の島野水仙

40 歳晩や瀬戸の難所の舵さばき


41 八朔や一行記す漁場(ぎょば)日誌

42 十五夜へ抱き上げ乳歯こぼれさす

43 卒園やしつかりしかつて抱きしめて

44 鍵盤を叩いてふやす春の星

45 菜の花や吾子の初潮を告げらるる

46 大楠の光がさわぐ鳥の恋

47 乾坤のシーソーの声秋高し

48 夢といふ文字太ぶとと凧上がる 

(平成10〜19年)

49 渓谷の流れを聞きてキャンプ張る

50 月天心寝袋の皆寝しずまる


51 渓流の一蓮托生汗の綱

52 ためらひて山の混浴夕もみぢ

53 嫁に行く気などさらさら雛納む

54 飛花落花ことば空から降るやうに

55 娘らの胸ゆさゆさと神輿(みこし)来る

56 脱ぎすてて乳房の重し花疲れ

57 鶴帰る天のほころび縫ふやうに

58 進水の軍艦マーチ青葉潮

59 戦なき国に兜と武者のぼり

60 薩摩弁聞きたくて買ふかぶら漬


61 大漁旗に極彩の風初御空

62 片影に転がす鳶職(とび)のヘルメット

63 水系は八千八滝(はっせんやたき)黒部ダム

64 日脚伸ぶ襟すり切れし司祭服

65 春星をこぼしてをりぬ北斗の柄

66 着ぶくれて恋あきらてしまおうか

67 自然薯の山のねばりをすすりけり

68 とんがつて意地張り通す唐がらし

69 開発の山削られてひばり笛

70 小鳥来る街から消えし伝言板


71 苦瓜をぶらりと育て小学校

72 紅梅や無傷の空の広がりぬ

73 いわし漁終へて岬の野外ミサ

74 鮟鱇の覗かれている口の中

75 豊饒の海押し上ぐる鰯雲

76 用のなき部屋も灯して雛まつり

77 秋茄子やパレットに溶く濃むらさき

78 虫声も刈りとりて行く庭師かな

79 棚田百選まんじゆさげまんじゆさげ

80 日輪の雲動きけり鷹柱


81 落城の濠かき廻し蓮根掘り

82 銅像の頭掴みて鬼やんま

83 霊宿す村の巨木の注連飾

84 葡萄狩りひとつぶづつに空がある

85 やあと来ておうと応へる青田中

86 秋天を突く船頭の竿さばき

87 肩寄せて秋霖の傘深くさす

88 あらたまの乳房を弾く初湯かな

(平成20〜31年)

89 開け放つ島のくらしや西瓜食ぶ

90 春潮に島を揺らしてフェリー着く


91 極月や脚しばられしずわい蟹

92 高だかと朝日も編みて女郎蜘蛛

93 墓洗ふ死にたいなんてきつと嘘

94 船団の秋夕焼けをおきざりに

95 流鏑馬の弓きりきりと春立てり

96 梅雨曇睨みのきかぬ鬼瓦

97 雁渡し竹百幹のかわく音

98 笹鳴きの山のえくぼの辺りより

99 落款を押したき里の初景色

100 茶の花のほつこり仏のやうな白


101 七種(ななくさ)や爺にまだある力瘤

102 風花の空の明かるさ方位盤

103 時に主婦はみ出す事も桜の夜

104 絵手紙の返事絵手紙チューリップ

105 夏つばめ遮断機の空きり返す

106 敬礼にはじまる祝辞出初式

107 やさしさも男の器南風(みなみ)吹く

108 Tシャツのはりつく海女(あま)の胸豊か

109 さんま競(せ)る威勢よき声買ひにけり

110 かわたれの白衣の神事わかめ刈り


111 神官の袴濡らして海開き

112 爪研いで猫の出て行く夜這星

113 兵士にみな母ゐし十二月八日

114 団服(だんぷく)の葬列に花吹雪きけり

115 秋暑し畳の窪むざんげ室

116 風向計春の真ン中さしてをり

117 さよならのかはりに廻す白日傘

118 万緑の渦の真中に戦没碑

119 散骨に終る死もよし合歓の花

120 黒の他まとへぬ尼の花頃も


121 写楽の絵残暑に耐ふる寄り目かな

122 ラムネ抜くプチプチ昭和語り出す

123 菜の花や山羊に小さき角出でて

124 手を打てば下駄が地をける盆踊り

125 アロエ咲く島一軒のなんでも屋

126 秋茜鍛冶屋がこぼす火のしずく

127 牡蠣割女口が達者で左利き

128 職引きてなほ風を読む頬被り

129 夫(つま)癒えよ舵とつてみよ葉月潮

130 節句潮見せて船長葬(おく)りけり


131 船名で届く葬花や春時雨

(令和1年〜)

132 わだつみへ打つ聖鐘や長崎忌

133 帯の列一羽が乱す初景色

134 玄海の風にやせゆく干大根(ほしだいこ)

135 空席に夏帽置きて二番ミサ

136 一条の冬日に軍艦島動く

137 ひこばえや命をつなぐ管いろいろ

138 花冷えの胸に小さき骨抱きて

139 約束はかなはずペアの春帽子

140 朴(ほお)開くひとつは天上人に咲く


141 信長も見しか今宵の赤き月

142 初恋も昭和も遠し冬銀河

143 みんみんの声も掃き寄せ修道女

144 高ぶれど遭うてはならぬ春ショール

145 博多帯ぽんと叩けば祭り来る

146 野に染まず蝶きつぱりと白であり

147 彼岸花のやうな恋もし八十歳

148 校長も鎌研ぐ秋の日を背負ひ

149 晩年の恋失はずサングラス

150 船団の先に船団鶴来(きた)る