12月25日の俳壇歌壇欄は「毎日歌壇賞・毎日俳壇賞 2023」でした。一般に言う「年間賞」だと思います。各選者ごとに、最優秀賞1句(首)、優秀賞2(首)の3句(首)ずつ。


◎俳壇

〈片山由美子選〉

最優秀賞

★中断の会議再開秋扇(東京 渡邊 顯)


優秀賞】2句

★すこやかにどくだみの花はびこれり(さいたま市 根岸青子)


★咲くものに止まるでもなく秋の蝶(川口市 高橋さだ子)


(選者評)選句の幅が狭くならないように心がけてきた。特にしらべについては口語調や字余りも効果的に用いられていれば採りたいと思っている。その上で最優秀・優秀として残ったのは、季語が一句の要になっている作品である。


 渡邊さんの句は言葉で説明することを避けて、秋扇という「もの」で人間心理を表現。


 根岸さんの句のどくだみは、歓迎されないにもかかわらず美しいという二面性が浮き彫りに。


 高橋さんの句の秋の蝶は、春や夏のチョウとの違いがとらえられているのが印象的だった。


〈小川軽舟選〉

最優秀賞

★路線図の色を乗り継ぐ春着かな(川崎市 中山美都子)


優秀賞】2句

★柿若葉奈良交通のバスを待つ(大阪市 中村美津子)


★双塔の西は明るし片時雨(葛城市 久保政子)


(選者評)毎日俳壇の投句者は全国に広がっている。作者の住む土地やそこでの暮らしぶりを想像しながら作品を読むのが楽しい。


 中山さんの句は、晴れ着を着て初詣に来たようだ。色とりどりの路線図が東京らしく、「色を乗り継ぐ」に心の弾みが感じられた。


 中村さんと久保さんの句は奈良が舞台だが、中村さんは奈良を訪れた人の視線、久保さんは当麻寺あたりに暮らす人の視線が生きている。どちらも取り合わせた季語が土地に似合って好もしい。

〈西村和子選〉

最優秀賞

★日本語を覚えて帰るつばめあらん(東京 東 賢三郎)


優秀賞】2句

★初蝶の宙にて生まれたるごとし(東京 望月清彦)


★笑ひ声耳を離れず初盆供(横浜市 斎藤山葉)


(選者評)日々の小さな発見が、ささやかな幸福をもたらす。人生の折々の実感が、生きる励ましを与えてくれる。今年も皆さんの多くの作品を読み、選句を通して俳句を作る恩恵を改めて教えられた。


 東さんの句から、渡り鳥のなかでも最も人間の日常に近いツバメの存在を、新たな視点から見ることができた。


 望月さんの句は今後、初蝶に出会うたびに思い出すだろう。


 斎藤さんの句には残された者の悲しみがたたえられているが、亡き人の笑い声に励まされてもいるのだ。


〈井上康明選〉

最優秀賞

初つばめ喫水線を来たりけり(福岡市 鶴田独狐)


優秀賞】2句

★誰も見ぬ地獄極楽曼珠沙華(筑西市 大久保朝一)


★寛(なご)やかな未来であれよふくれ餅(川越市 峰尾雅彦)


(選者評)ウクライナやパレスチナ自治区ガザ地区の戦争の報道がつづく。そのような時俳句を作ることはかけがえのないひととき、その成果と出会える幸いを思う。


 鶴田さんの作品は、春のツバメの到来をさわやかに詠む。喫水線からは大型の船が太平洋を行き交う光景を想像する。


 大久保さんのマンジュシャゲから連想する地獄や極楽は誰も見たことがないという断定、


 峰尾さんのふくらむ餅に寛やかな未来を祈るという切ない願いは、季語を生かしながら屈折があり味わい深い。


◎歌壇

〈伊藤一彦選〉

最優秀賞

★兵の字の部首八頭 揺れながら八つの頭丘駆け抜ける(群馬 山崎杜人)


優秀賞】2首

★木の中でほこほこねむる虫たちに薪割りという危険がせまる(津市 川原田明子)


★気がつけば今日は「はい」しか言ってない服も全身灰色だった(横浜市 砂月 七)


(選者評)ロシア軍のウクライナ侵攻は続き、今年さらにイスラエル軍はハマスとの対立からガザへの攻撃を行っている、悲惨なニュースの連続だ。そんな世界の今日を憂える投稿が多く寄せられた。では、日本の私たちは今何をしたらいいのかと問う歌も少なくなかった。若 い人の投稿が増えたのはうれしかったが、生きづらさと不安を歌った作が印象に残った。

 不穏な世界情勢の今、昨年12月に逝去した篠弘氏(毎日歌壇選者)を改めて思う。篠氏の 最後の大著は『戦争と歌人たち』だった。ずしりと重たいこの一冊を私は読み直している。


〈米川千嘉子選〉

最優秀賞

★割り箸をレジで受け取りアンカーの非正規として光る扉へ(四日市市 早川和博)


優秀賞】2首

★床に入れば我を待ちわび霊魂(たましい)の近づき来るを一人知るなり(大阪市 森川慶子)


★除草剤撒かれし草は枯れ果ててその手我をも枯らさむとせむ(三条市 高橋実子)


(選者評)早川さんが受け取った弁当や割り箸はおそらくみな非正規で働く人々によって作られ配達されて来た。そんな非正規のリレーの最終走者として作者は走る。「光る扉」の外には何が待つのか。鋭い問題意識と表現の巧みさの底に痛みがある。


 亡くなった夫を思い続けた森川さんの作品も生々しい悲しみがあふれていて心打たれた。


 高橋さんは今年の大きなニュースを取り上げる。事件の根底にある人間社会の真っ当さの欠如は、多くの投稿歌が訴えるものでもあったと思う。それにあらがうように温かな人間の歌もあった。

〈加藤治郎選〉

最優秀賞

★小さき手で小さきパンツをひき上げるおむつがとれて君は少年(東京 青木公正)


優秀賞】2首

★介護していたのか君は毎日を遺した短歌死後読んで知る(川西市 那須三千雄)


★エレベーター最初に入りあとに出るわたしの夢の草原の果て(東京 新井 将)


(選者評)揺れ動く世界の中で自分の心を守りたい。そう思うとき短歌がある。それは確かな器だ。歌に心を収めることができる。そしてその歌を多くの人々が読む。毎日歌壇は心が交流する場である。あらためてそう思う。


 青木さんは子どもが少年となる光景を歌った。小さな手の動きに生命の力を感じる。未来に向かうまばゆい姿だ。家族の愛があふれている。


 那須さんはのこされた短歌に妻の心を読んだ。献身的な介護を知ったのは自分が回復してからだった。


 新井さんは草原の果てのエレベーターという美しい心象風景を歌った。


〈水原紫苑選〉

最優秀賞

★いつかこの手紙も副葬品として焼けるのですか夕陽の切手(千葉市 星野珠青)


優秀賞】2首

★心とはなんなのだらう剥かれたる林檎を誰も綺麗と言はず(相模原市 高田祥聖)


★目を閉じて (ロシュ限界はもう既に壊されていて) 口づけをした(京都市 よだか)


(選者評)短歌という詩型においては、現代と古代、革新性と普遍性の双方向を往還しなければならないと思う。そしてまた、言葉それ自体の自律的な美しさが求められよう。


 星野さんの一首は、あたかも作者自身が古代の女王であるかのような威厳に満ちていながら、現代を生きる人間の繊細な息吹を伝えている。


 高田さんの一首は、形而上的な問いをそのまま調べに乗せて、読者を打つ。 


 よだかさんの一首は、新しい言葉によって人が星でもあるような世界が生まれている。