12/18長崎新聞「郷土文芸」欄(4) 「俳句はいま 角川俳句賞作品(神野紗希)」
評価につながったのは季語の扱い。「俳句」11月号掲載の選考座談会では、
★学食の半地下の窓辛夷の芽
★ パソコンをぱたりと閉ぢて日短
などの季語への気持ちの乗せ方や、
★チューリップ活けて二夜や捩れ伸ぶ
★湯にはなちほぐすはららご湯の濁る
※「はららご」=イクラ、もしくはイクラの醤油漬け。
と踏み込んで季語を詠む点などが注目された。
★苜蓿にたふれ泣きたし倒れざる
※「苜蓿」=うまごやし、もくしゅく。
★アクリルの涯ありて鮫回遊す
の抑制された情感も、心に深く浸透する。
△惜しくも受賞を逃した高梨章の「飛行船」
「飛行船」は独自の視点がやわらかく結実しており、過去の受賞作に類似のない新しさを帯びていた。
★目のなかのみづのひかりや 鳥の恋
★気がつけばからだのそとに春の雨
★セルリアンブルーたちまち滝の記憶かな
※「セルリアンブルー」=わずかに緑がかった濃い空色。
と自他が溶け合う身体感覚、
★受粉して海へゆくバス夏の雲
★孤島のやうに耳のよいひと冬の星
などの比喩がもたらすイメージのゆたかさなど、展開される世界に飽きない。
▼石田波郷新人賞は佐々木啄実の「着岸」20句に。
★楽譜まぶしくて枯野が匂ふなり
★クリスマス琥珀の虫は永久に飛び
などの清潔な叙情や、
★しやぼんだま死後は鏡の無き世界
★桃啜る雲の中心あかるからむ
といった感受性の深度が評価された。
△準賞となった田中耀
★母の日の宗教学者たちおはよう
★秋茄子のえれうてりあと輝けり
※「えれうてりあ」=Eleutheria。ギリシャ語が語源で、自由を意味する言葉。「自由」とは、他からの強制・拘束・支配などを受けないで、自らの意思や本性に従っていることをいう。
★おたまじゃくしのちからできょうもいってきます
▼角川「俳句」編集長賞とな った斎藤よひら
★わかめ戻そうよこの街覆うほど
★ブルーシートは街のかさぶた虎落笛
など、ロ語中心の作品も光り、若手作品の質の高さ、表現や主題の幅広さが可視化された。
▼今春、兜太現代俳句新人賞を受賞した土井探花の句集「地球酔」(現代俳句協会)が刊行された。
★雪道をスリッパでゆく恋でした
★ハンカチは畳める砂漠なのだらう
★暗号化された滴り舐めてみろ
暗喩的な飛躍。
★ふと虹のボタンを押した大統領
★どうでもよいひととけつこうよい花火
★子猫だが猊下と呼ばざるを得ない
言葉の遊び心を大胆に打ち出し、痛烈なアイロニーを潜 ませる。
新人賞が見いだす作家の多様性。昨今の受賞作には、うずうずと俳句の未来がひしめく。(神野紗希)