12/4読売俳壇・歌壇。


◎矢島渚男選

★一茶忌や虚子も波郷も阿(おもね)らず 越谷市 安居院半樹 

   【評】一茶忌に際して、一茶も虚子も波郷も時世や時の権力に追従しない俳人だったと思う。子規も龍太もそう。みな安易に妥協せず表現の世界を守った人たちだった。 

   ※一茶忌は、陰暦11月19日。小林一茶(1763~1828)

★霜焼や千人針を縫ひし日も 戸田市 小暮よし

   【評より】作者は九十代の方。  

★冬の河馬(かば)見ていてネンテンかと問はる 東京都 吉田かずや

   ※坪内稔典さん、河馬が好きで、河馬の俳句が100句ぐらいあるそうです。遠巻きに胃を病む人ら夏の河馬」「河馬たちが口あけている秋日和」「桜散る河馬と河馬とが相寄りぬ」「七月の河馬へ行く人寄つといで」「春を寝る破れかぶれのように河馬」など。 

報恩講悪人われも香あげて 大阪市 津田真砂子

★老ふたり蜜柑三つ目剥くでなし宇都宮市 松広 訓


◎宇多喜代子選

★鷹の爪譲らぬ色となりにけり 姫路市 難波佳代 

★穂芒の揺れて目の丈風の丈 吉川市 人見 正

★深秋や竹人形に竹の冷え 佐野市 高橋すみ子 

★後の月ものの影みな立たせけり 茨木市 木川志佳

 ※旧暦8月15日(十五夜)が「中秋の名月」、旧暦9月13日(十三夜)の月が「後の月」。

★大根を背中に背負う母の夢 千葉市 椿 良松


◎正木ゆう子選

★質問は渡り廊下で花八ツ手 所沢市 岡部 泉 

 【評より】教室だとみんなが居る。職員室に行くのは気が引ける。渡り廊下はその中間。風通しの良い場所。 

★ゆく秋や裾野ひろがる目玉焼 稲城市 新井温子 

 【評より】どこの山の裾野かと思えば、実は目玉焼。大景から突然フライパ ンに転じるスケール感が楽しい。

★今朝の冬やはり海へと向かひけり 雲南市 熱田俊月 

 【評より】立冬の今朝も海の方へと足が向く。海辺の人は海に、山が見えれば山に、人は自然に挨拶がしたいのだ。 

★熊避けに大枝引き摺り音をたて 松戸市 稲葉豊美

★狐火や一本道のはずなのに 京田辺市 加藤草児

★榠樝(かりん)の実落つるにまかす畑辺かな 町田市 枝沢聖文

★包丁をうすくうすくと蕪漬 唐津市 室井加代子

★釘銜へ槌での指図空つ風 川越市 大野宥之介

★秋田発男鹿行鉄路しぐれけり 秋田市 進藤利文


◎小澤實選

★秋晴のキッチンカーのオムライス 武蔵野市 相坂 康

★椋鳥の糞掃く日課寺の子は 羽曳野市 鎌田 武

★焼藷を初めましたと電器店 吹田市 前田尚夫 

★拾ひ来し馬刀葉椎の実立てて置く 神奈川県 大久保 武

★どぶろくや上司まさかの泣き 島根県 重親峡人

★果樹園に残る轍や暮の秋 稲城市 山口佳紀

★どぶろくを持たれよ黄泉は淋しかろ 茅ヶ崎市 清水呑舟


◎小池光選

★猫が夢見て悲しい声で鳴く時はそばにある我も悲しくなりぬ いわき市 佐川義成 

★年金は偶数月に大相撲は奇数月にあり老いのひととせ 座間市 高田孝子 

★歌を書き汗にまみれた鉛筆をナイフで削れば木の香りする 東久留米市 郷間浩明 

★目の前を回転寿司が歩いてゆく狩するごとく捕らえて食えり 宮崎市 長友聖次 

★受け皿にこぼれし酒も飲み干してさあ帰宅せむ猫ら待ちゐむ 鹿嶋市 加津牟根夫

★緊急に入院させられ三日たつ 生きてをたり うたつくるべし 仙台市 加藤祐子

★ひもじさのあまり人里におりてきし熊は撃たれてびくともせず 山口県 末広正己 

★亡き父にどこか似ている笠智衆 小津の映画は我が胸にあり 所沢市 鈴木照興


◎栗木京子選

★故郷を捨て汽車に乗り涙した私と重ね「サライ」は残る 水戸市 滝田京子 

 【評】「サライ」や「昴」などの名曲を残して十月に亡くなった谷村新司氏。「サライ」を口ずさみながら故郷を離れた人は多いことだろう。「残る」という言葉に励まされる。 

★トップにはガザの惨状その次に柿がうまいと報ずる国か 白井市 野老 功

★人よりもはるかに海を知つてゐる鯵の開きに手を合はせ食む 横浜市 杉山太郎 

★我が友がビオラを奏でるマーラーの「巨人」に聴き入る金婚式の夜 東京都 青山 繁

★二十年療養中の吾が娘ケーキ許され誕生祝い 鶴ヶ島市 由井意男


◎俵万智選

★大人たちの低い視界にとどくまでこの初雪はぼくたちのもの 豊中市 葉村 直

★ゆるやかな約束をしてやわらかな後悔をして夏を見送る 東京都 立川 亮

★ぺんネームみたいと思う本名と本名らしく思う筆名 堺市一條智美

★少しずつ私が秋になっていく美容院の鏡の中で 船橋市 田中澄子


◎黒瀬珂瀾選

★ラジオから突如父の名零れたり色気ある句と選者が評す 小野市 大野多恵子

★軒下の足長蜂の巣の除去の攻防まさに千早城攻め 前橋市 平林 始

  【評より】蜂の巣の駆除の景から一気に『太平記』世界に話が転じる面白さ。 

★指落とす事故に始まるなれそめは友や孫にも受ける秘話なり 川崎市 福本よしき 

★「あと何人死ねば停戦なるのかな」孫の呟きは胸抉りたり 松戸市 加賀昭人

★生憎の時雨に合羽着せられて子ども神輿は軽トラに来る 南丹市 中川文和

★初しぐれななめに叩く畦道を二人っきりの登校班行く 浜松市 久野茂樹

★今もなお君のアドレス消せぬまま二度目の冬の入口に佇つ 滑川市 神田法子 

★僕の耳に僅かに残る君の声一個のラピスラズリのような 大網白里市 滝沢ゆき子