11/20毎日俳壇・歌壇。


◎井上康明選

★深き音してどんぐりの落ちにけり 宇陀市 泉尾武則 

★大鯉の身を任せたる秋の川 朝倉市 鳥井てんせき 

★妻の箸眠る箸箱長き夜 高松市 島田章平

★冬めくやみづうみの透きとほるまで 雲南市 熱田俊月

★初冬や北岳こゆるちぎれ雲 甲府市 清水輝子 

★合格のメール着信小春風 東京 永井和子

★冬晴やひかりの芯の揺るぎなし 川越市 岡部申之

★地車(だんじり)の轍残して秋暮るる 東大阪市 山尾サトミ


◎片山由美子選

★向きあへばコスモスのみな頷きぬ 和歌山市 藤池芳子

★笛の音に大蛇(おろち)のけはひ里神楽 八街市 山本淑夫

★手のひらで集めて終はる落葉掻 北本市 萩原行博 


◎小川軽舟選

★残りゐし客も帰りし夜寒かな 岸和田市 妙中 正

 【評より】閉店時間の迫った居酒屋か。

★秋の雨東京駅に顔あふれ 東京 茂田野マイ子 

★車座に一升瓶の今年酒 さいたま市 関根道豊 

★沈む日に案山子担げば影二つ 岡山市 和田大義

★団栗が団栗を追ふ谷の中 狭山市 小俣敦美 

★コンビニがやうやく村に誘蛾燈 仙台市 鎌田 傑

★有明の月の下なる始発駅 高山市 直井照男


◎西村和子選

★爽やかや娘(こ)の忠告にしたがひて 川口市 高橋さだ子 

★ゆきずりの紅葉にバスを降りにけり 東広島市 福岡 宏

★新米を夫にふんはり吾(あ)にふはり 名古屋市 井上美保子

★たちまちにぬるむ番茶や秋の雨 東京 野上 卓

★銅像が喋りだしさう秋うらら 白井市 毘舍利道弘 

★古街のここも空き家よ金木犀 郡山市 井上 博

★小鳥来る父の小さな将棋盤 東京 徳原伸吉 

★聞こえくる妻のソロバン夜の長き 那須塩原市 谷口 弘


◎水原紫苑選

★米粒のひとつにまでも神さまがいるこの国の自殺件数 千葉市 芍薬

★ひとまわり孤独に見えるタクシーが夜の港湾道路から来る 横浜市 永永キヌ 

★身体に数多の月を持つゆえに人は夜ごとに其れを眺める ふじみ野市 雨雨雨汰 

★着慣れない赤き服など水底の秋の街では着てみたくなる 東京 松澤もる

★見えるものも見えないものも流星のその一線が貫き通す 横浜市 安西大樹 

★空中で指を伸ばして手ざわりを確かめてみる上海の月 中国 岸 志帆莉

★羽撃けば飛ばねばならぬ鳥たちのさびしさを知る霜月の風 名古屋市 浅井克宏


◎伊藤一彦選

★用足しの度に外に出て月探る百三歳で見る十三夜の月 和歌山市 津田倭文香

★自転車でじいちゃん走るその後に車七台引き連れている 吉野川市 喜島成幸 

★金に金を稼がせよという広告が揺れてる稲穂の揺れぬ都心に 沼田市 山崎 杜人

★それぞれの家庭を演奏し始めてオルゴールめくマンションの窓 カナダ よだか

★苦しかりし戦後の日本と重ね見る廃墟となりしガザの町並み 東大阪市 池中健一 


◎米川千嘉子選

★あなたはもっと人を信じてみてもいいと誕生日に母の手紙の二枚 京都市 小池ひろみ

★古稀近く共働きを味わって忙しい時代に少し追いつく 駒ヶ根市 市山利也

★人参があまりに高くて買わず来ぬ今日のカレーは元気ない色 桜川市 海老原順子

★ねじばねを螺子発条と書き製品の品質誇る町工場展 瑞穂市 渡部芳郎

★バスの来ぬバス停で待つひとたちを乗せて時間はゆっくり進む ふじみ野市 雨雨雨汰

★おいしいとひと匙ごとに声に出す母の咀嚼を待つ薄き粥 神戸市 中林照明 

★荒畑の葛の一葉で汗ふけば切なく浮かぶいにしえの人 京丹後市 縄手隆雄


◎加藤治郎選

★パソコンが立ち上がるまでの数秒間海の夜明けのように一点見つめ 東京 新井 将 

★おかしいな鼓動ばかりが速くなる、修理して!誰か!早く!私を 横浜市 砂月 七 

★街角の廃墟の闇に眠りゆくかつては光でありし言の葉 札幌市 住吉和歌子

★僕たちの静かな末路 見上げればフロントガラスに降りしきる花 川崎市 何村俊秋 

★君からの急な誘いに走り出す なるべく綺麗なほうの上着で 横浜市 荒田絵里子

★教科書の最後のページに窓があり訓練校から社会が見えた ふじみ野市 雨雨雨汰 

★蟹の足一本あれば幸せな味噌汁となり語る色々 明石市 小田慶喜


◎同ページに、櫂未知子さんによる句集紹介が載っていました。

◇杉山久子『栞(しおり)』 

 第4句集。刊行直前に師をうしなった中での叙情のあり方がたしかな一冊。平明な言葉による発見が快い。 

★冬星につなぎとめたき小舟あり

★いちめんの雪いちめんの若き星

★聖樹の灯人待つ人を照らしをり

 (朔出版・2860円) 


◇本井英『守(も)る』 

 第6句集。過酷な闘病生活の中での季題への健やかな思いが光 る。

★箱庭の船頭口を開けたまま

★忍冬(にんどう)の花鮮(あた)らしや紅はしり

★充電のごとく冬日に身をさらし

 (ふらんす堂・ 3080円) 


◇染谷秀雄『息災』 

 第3句集。師を続けて2人失った後の句集であり、季語のていねいな 扱いが印象的。

★柴漬(ふしづけ)を仕掛けて朝の戻り舟

★庭中のもの華やかに端午かな

★その上に花びらのせて桜餅

 (本阿弥書店・ 3080円)