5/16読売俳壇。


◎矢島渚男選

★分蜂の蜂がかたまる春の暮 三次市 山田典彦 

 【評】蜜蜂は新女王が育つと女王は一部の働き蜂を連れて出て行く。別れと出発の時、黒い塊になって。

★ラジオよく叩きもしたり昭和の日 宝塚市 広田祝世 

★草の上一二度跳ねて濁り鮒 川崎市 久保田秀司

 ※「濁り鮒(にごりぶな)」=仲夏。鮒の産卵期は梅雨の頃。雨で水かさが増して濁っている川を産卵のためにさかのぼる鮒。


◎宇多喜代子選

★子が風呂を焚いて八十八夜かな 福岡市 高山国光 

★禍事(まがごと)の多き一年花種蒔く 海老名市 山田山人

★咲き満ちて朝昼夕の花の色 千葉市 中村重雄

★川筋も街道筋も花菜風 和泉市 中野弘伸

★田を植ゑて水のかがよふ出羽の国 武蔵野市 相坂 康

★満開の桜神様通る道 伊万里市 田中秋子


◎正木ゆう子選

★満開を超えなむと花白みたる 東京都 望月清彦 

 【評】桜の色を決めるアントシアニンは、全開へ向けて減り、再び増えるのだとか。花の色も一定ではないのだ。その変化を衰退と捉えず、満開を「超える」とした中七が素敵だ。 

★若芝や父の犬種が仔の胴に 八幡市 会田重太郎 

★伊賀富士に背中を押され牛蒡蒔く 伊賀市 福沢義男 

★父以外全員女柏餅 今治市 渡辺礼子

★畑打のみみずに会ふも嬉しかり 大分市 加藤元二


◎小澤實選

★猫の子の貰ひ手求む社内報 金沢市 竹内一二 

★抽斗に詩集隠しぬ新社員 相模原市 はやし 央

★新社員課長の湯呑割りにけり 狭山市 小俣敦美

★くしゃくしゃのストッキングや藤の昼 伊勢市 藤田ゆきまち

★寄居虫の転げ落ちたり忘れ潮 大分市 後藤利夫

★一老樹まだ落花には加はらず 宍粟市 岩神刻舟


◎「俳句あれこれ」《わからない句》(森賀まり)

思ひ出せぬ川のなまへに藻刈舟 田中裕明 

 俳句を評する際に読んだときの伝わりやすさ、映像的な解像力や実感の有無などが成否のポイントとされることがある。

 そこへ行くとこの裕明の句などちょっと難しい。目の前に川はあるのか無いのか。ぶれた写真のように言葉がずれて重なる。舟はたしかにありながら前後の時間から切れて視覚というより耳にのこる残響のようだ。私が愛誦する彼の俳句にはすっきりわからない句が多い。 


 俳句の言葉は直接に何かを伝えるばかりではない。言葉と言葉の間隙にあるいは余白に立ちのぼる気配のようなものを狙うこともある。

 詩においてわかりにくさは決して瑕疵ではない。読むひとに負担をかけないぎりぎりのあたりにこれまでなかった跳躍を見る。それこそ詩であるだろう。

 俳句はそれがたった十七字でかなうのである。(森賀まり)


◎歌壇より

(小池光選より)

★芋虫が春には蝶になるというこの信じがたきこの世の仕組み 宮崎市 長友聖次 

★母がどこか変だと気付いたあの朝は外した入れ歯をじっと見ていた 佐世保市 近藤福代

★久々に裁縫箱を持ちだしてもう針に糸通せぬを知る 町田市 城所レイ子


(栗木京子選より)

★植え立ての茄子の葉に降る霾に吾が家の傘を全て出動 前橋市 平林 始 

★カラスウリの「あの赤い実が好きなのよ」言ってた貴女の墓に手向ける いすみ市 安藤敦子

★亡き妻をスーパーの前で待つ夫認知症とぞ聞けば涙す 大阪市 道下美智子


(俵万智選より)

★QRコードのようには読み取れぬスマホに映るあなたの気持ち 東京都 富見井高志 

 【評】どんなに科学技術が進歩しても、人の心までは読み取れない。QRコードの便利さを逆手にとった比喩がいい。


(黒瀬珂瀾選より)

★笹漬の小鯛のはだへしろがねの海の光を引きてなまめく 稲城市 山口佳紀 

 【評】笹漬は福井県小浜市の郷土料理。小鯛を塩と酢でしめて杉樽で漬ける。その肌の輝きが、若狭の海を思わせるようにきらめくという。風土の味はいつでも人を魅了する。 

★老鶯のしきりの声の胸に沁み限り尽くさんわが生もまた 筑西市 津久井延子 

★依り代と崇むる村人しきたりの藤の古木へ酒をふるまふ下関市 亀田正史

★牛に鞭くらわし代を掻く兄のきびしき貌の顕ちくる五月 下妻市 神郡 貢

★風呂にまでぺんぺん草を持ち込んで吾の耳元で孫は振りたり八代市 貝田ひでを