⅝読売俳壇。


◎矢島渚男選

★大空に来た道みつけ雁帰る 千葉市 椿 良松

 【評】野鳥たちがそれぞれに来た空の道を辿って帰って行くことを考える人は少ない。それが大空に道を見付けと具体的なのが面白い。

★いかんともしがたく春を惜しむなり さいたま市 池田雅夫 

★尾の見えて魚籠の鰆に人だかり 霧島市 久野茂樹

★泥けてけたてて鮒の乗っ込めり 宝塚市 広田祝世

★残雪の信濃に斎藤史忌かな 東京都 野上 卓

 ※斎藤史(1909〜2002)は歌人。墓が長野県松本市の正鱗寺にある。

★飛花落花母と来し道吾子といま 宝塚市 武田優子

★囀りや廃線埋めるスエコ笹 仙台市 斉藤栄子

 ※「スエコザサ」は、宮城県や岩手県で自生する常緑のササで牧野富太郎が命名した。「スエコ」は富太郎の妻寿衛子さんから。


◎宇多喜代子選

★葉桜や一人石ける転入児 渋川市 星野芳美

★遠州の風に太りて鯉幟 武蔵野市 相坂 康

★花万朶ベンチで眠る作業服 諫早市 麻生勝行

★この丘を覆ひし津波野蒜摘む 仙台市 佐藤庄陸

★鎌研いで八十八夜の早寝かな 神戸市 西 和代

 ※八十八夜に鎌を研ぐのには意味があります。台風をもたらす風の神は尖ったものを嫌うからです。私の父も鎌を研ぎ納屋の入口の柱にその鎌を打ち込んでいました。


◎正木ゆう子選 

★すかんぽと呟いて足かろくする 上尾市 中野博夫 

 【評より】言葉の響きも軽やかで、本当に足が軽くなりそう。 

★書き終へて切手はどれに春惜しむ 愛知県 古居晴代 

 【評より】俳人は季節に合った絵柄に凝る。ちょうど良い季節はあっという間。

★仔馬起てば細き筋肉ありにけり 北本市 萩原行博

★父と子の宇宙の話月朧 深谷市 酒井清次

★抱卵の山鳥じっと目を閉じて 名古屋市 平田 秀

★鳧(けり)は田に鴉は松に巣籠りぬ 津市 中山道春

 ※鳧は田圃などに巣を作る。

★麗らかや手を握り合う面会日 香取市 清水和子


◎小澤實選

★教室はみな曇る窓花の冷え 土浦市 今泉準一

★新学期来なけりやいいと思ぶ子も 佐野市 桑原 博

★鯉のぼり艫(とも)になびかせ出漁す 名古屋市 可知豊親

★花冷や篝の火の粉星となる 海老名市 山田山人

★夜桜や新歓コンパ復活す 川崎市 多田 敬 

★あやまって地獄の釜の蓋を踏む 町田市 枝沢聖文

 ※「地獄の釜の蓋」は、キランソウのこと。地獄なんかに行かせないという薬効から「地獄の釜の蓋」と呼ばれた。春の季語。

◎歌壇より

(小池光選より)

★「すずめ五羽、二羽とんでけばあと何羽?」幼は悩む「…もどってくるかも」 福岡県 安田登美子 

★米寿でも七十代にしか見えぬ噂をききて確めに行く 奈良市 高木幾久代 

★洗濯機こわれ三日目盥なく洗濯板もなき世に気づく 佐世保市 鴨川富子 

★初めてのジェットコースターに我れ乗れば見守る娘は母の眼差し 埼玉県 斉藤末子 


(栗木京子選)

★超ミニの孫の生足隠すため背後ぴったり階段上る 仙台市 平野洋子

★ハンカチを捜しに駅まで引き返す今後のわれの戒めのため 吹田市 鈴木 基充


(俵万智選)

★あんなにも命の意味を探してた私、今メガネを探してる 寝屋川市 本多雅子 

★無視されたことをぼんやり思い出す特急電車が通過する時 守口市 小杉なんぎん

★おさなごがパパと間違え袖を持つパパが来るまでパパ (仮)になる 上尾市 関根裕治

★城のある舞台が突如暗転し新幹線はトンネルの中 東京都 武藤義哉

★またひとり部署の先輩居なくなりプールの後のような身体だ 千葉市 芍薬


(黒瀬珂瀾選)

★給食をおしゃべりしながら食べること今年の夢を問われて少女 和歌山市 広崎恵子

★夜なべして作りし毛糸の帽子にて売れ残りたりバザー終りね 秋田市 遠藤則子

★待つことも待たさるることもなくなりて獄のゆふぞら枇杷色の雲 大分市 長畑孝典


◎同紙面にあった「俳句あれこれ」

 受賞の後 森賀まり

 夫の田中裕明が亡くなったのは2004年12月である。来年でもう20年になる。高浜虚子の晩年の弟子であった波多野 爽波に学び、のちに「ゆう」という俳誌を主宰した。彼の作品は本人が無自覚のままその死によって照らされている。

 彼の死後その俳句を顕彰し若い俳人を育てるための一助として「田中裕明賞」が創設された。今年第14回を数え、幸いなことに若い俳人が目指す賞の一つになっていると聞く。受賞された方たちがそのまま俳句を継続し彼の年齢を超えてそれぞれの詩を深めてゆく。それを見ることが授賞する側の本意であるだろう。


清朝に写真がすこし百日紅 岩田 奎 


 私はといえばこうした受賞作品に裕明の

「雪舟は多くのこらず秋螢」

などが映り込んでいる気がする。彼の知らない齢を生きながら彼の不在が照らすものを見ている。(森賀まり)