2/6読売俳壇・歌壇


◎矢島渚男選

★降る雪や昔ばなしをするやうに 青森市 小山内豊彦 

 【評より】降る雪の中で繰り返し聞いた昔噺、家族の思い出かも知れない。優しくときに激しく、雪は降り続く。単純で美しい句。

★牛の声背にふるさとの初湯かな 小金井市 高橋広子 

 【評より】久しぶりの正月帰省。風呂に入っていると、背 中の方から牛の声が。よきふるさと。 

★子を行かせ犬も通して雪箒 京都市 根来美知代 

 【評より】久しぶりの雪で家の前の通りを掃いている。子供が通る。犬も通る。「雪箒」が簡潔でいい。

★この星の平和を加へ初詣 岡山市 宮下哲朗 

★ふるさとや母の手縫いのちゃんちゃんこ 草加市 伊藤一男 

★妹の手を借りて入る初湯かな 横浜市 奥沢和子

★夜更けまだ底見えてをり慈善鍋 町田市 谷川 治


◎宇多喜代子選

★雪山のさらに後ろに雪の嶺 栃木県 あらゐひとし 

 【評より】眼前具象の良さのある句。

★早朝の音なき音のぼたん雪 さいたま市 加治美智子

 【評より】雪は音を立てずに降るが、雪が降っているという気配を察することはできる。ぼたん雪は春の季語。

★寒牡丹大事に大事に育てをり 秩父市 中島由美子 

 【評】「大事に」を二度かさねて、いかに大事に育てているかを表現している。藁で囲い、笠で覆い、雨風や冷気から守っている。

★躓きていちばん寒い日となりし 宇都宮市 福田澄子

★一息に呑んで重たき寒の水 武蔵野市 渡辺一甫

★たわいない会話途切れず三ヶ日 東海市 斉藤浩美

★かの海女がかく着ぶくれてをりにけり 千葉市 中村重雄


◎正木ゆう子選 

★ピアス光る革ジャンもこの夜景かな 横浜市 高橋敬子 

 【評】ピアスは光る金属で、革ジャンは金具の付いたハードなものか。そう思わせるのは「夜景」のキラキラ感。イルミネーションまで想像されて、複雑な文脈が個性的な句。 

★ストックの雪を払いて汁粉かな 東京都 野上 卓

 【評】お汁粉を食べる設定は色々あるが、これはかなり美味しそうな設定だ。スキーで滑り下りてきて、鍋から装った熱々をこれから戴く。

★煤逃げの息子と孫を追び返す さぬき市 塚原賢治 

 【評】家の手伝いもせず実家に遊びに来た二人を、帰って掃除でもしろと追い返したのだろう。孫も男の子で、三代の男が揃った面白さと解釈。

★小雨打つ成人の日の菜つ葉服 さいたま市 関根道豐 

★朱鷺塒しばしざわめく雪起し 東京都 朝田黒冬

 ※「雪起し」=北国で雪が降り出す前の、予兆のような雷。地響きのような激しい雷鳴と雷光の後、雪が降り出す。

★魚零るる市場のカーブ寒鴉 松戸市 稲葉豊美

★ 餅屋から肚に響ける音続く 三次市 山本美和 

★お歯黒壺これも花入れ冬椿 水戸市 大野太加し

 ※「お歯黒壺」=お歯黒のための液を入れた小壺。鉄漿壺とも言う。越前のものが名高い。

◎小澤實選

★タイムカプセル掘るや成人式果てて 渋川市 星野芳美

★春着の子たのむ大盛ナポリタン 伊勢市 藤田ゆきまち 

★墓石の上に降り立つ寒鴉 神戸市 倉本 勉 

★引き返さう落葉だんだん深くなる 甲府市 村田 一広

★セーターの弛みだしたる袖と首 宇都宮市 津布久 勇


◎小池光選

★半分こバナナ食む妻おだやかな暮らしねと云ふ うんと応へる 福岡市 中山洋治朗 

 【評より】すこし間をおいて、うんと応える。この「間」になんとも言えない味がある。

★聞くよりも見る音楽となりたりしパフォーマンスに老いはたじろぐ 成田市 神郡 一成

★新聞に婆の短歌の載りし日は身内のなかにさざなみの立つ 町田市 城所レイ子 

★山姥は今もひっそり生きいるや上信越の黒き山脈(やまなみ) 町田市 岩本房子

★若き日の嵯加露府という店に飲みしロシアンティーは優しく甘き 仙台市 小野寺寿子

★いらない物がいくつもありて結局は損した気分になる福袋 山口県 末広正巳

★押し入れの奥から出て来た人形が大人になった我を見上げる オランダ 宮沢洋子 


◎栗木京子選

★来嶋、篠両氏の講評視聴して短歌始めし頃のなつかし 羽咋市 森田外志枝

 【評より】昨年12月に歌人の来嶋靖生氏が91歳で、篠弘氏が89歳で逝去した。作歌のきっかけを与えてくれた両氏への感謝の思いが伝わる。

★亡き父母の面影やどす我が顔に向かいて「おはよう」今日を始める 日立市 高山豊子 

★孫曰く「お金持ちの鉛筆や」プレゼントした三十六色 大阪市 真野良子

★跡継ぎと決めてた娘嫁がせて落ち葉焚いてる背中がまるい 駒ヶ根市 春日賢治


◎俵万智選

★コンビニの数字で呼ばれる煙草たちマイナンバーの私も同じ 守口市 小杉なんぎん

★おめでとうにおめでとうと言いおはようにおはようと返す一月四日 東久留米市 中里正樹 

 【評】四日という日の中途半端さが、あいさつのグラデーションで描かれたところが面白い。

★地球より重いものって何ですか今も答えは人命ですか 東京都 富見井高志

★カラオケをすれば流れる映像の地元のようでそうじゃない川 八王子市 吉村おもち

★剥ぐ音のいさぎよきかな初暦余生なれども為すこと多し 国分寺市 越前春生


◎黒瀬珂瀾選

★新任務の国境警備は相棒の樺太犬に引かれて進む 船橋市 中村 誠 

 【評より】戦時に樺太の連隊か国境警備隊におられたのか。現地の犬を連れての極寒地の警備。相棒の犬の姿が戦後77年を経ても脳裏に蘇る。

★新月の夜に星座を教わってあなたを嫌えなくなる予感 本巣市 板垣志歩

★空腹にででむし焼きて食したる集団疎開いまも忘れず 横浜市 芳垣光勇 

 【評】寄生虫がいるから危険なカタツムリまで焼いて食べた、戦時下の困窮。その記憶を抱えて作者は今日まで生きて来たのです。

★母の死を乗り越えたのに猫の死をまだ越えられぬ吾を哀しむ さいたま市 滝口由美子

★郵便局雪に閉ざされ年金はATMに眠らせたまま 山陽小野田市 秦 一憲

★感染の療養期間の明けし朝寒気はあれど深く息吸ふ 船橋市 米山正久

★緞帳がハウスを包むかのやうに夕霧迫り農事を終へぬ 綾部市 松下二三夫

★飯の穴へポトリ落とした寒玉子に垂らす醬油の加減むずかし  交野市 遠藤 昭

★Type-Cの差込口に上下など無くて荒野に寝転べば虹 大分市 梅鶏

 ※私のスマホの充電端子もそうです。

 ※梅鶏さんのお名前はNHK短歌でもよくお見かけしますね。

◎同紙面にあった「枝折(しおり)」。

友岡子鄉句集『貝風鈴』 

 〜昨年亡くなった蛇笏賞俳人の遺句集。飯田龍太に「木洩れ日のよう」と評された句風は晩年もなおしなやか。 (本阿弥書店、2970円)

★わが一生ヒヤシンスまた咲きそめぬ


▼『辻桃子の津軽歳時記』 

 〜青森県在住の「童子」主宰が、安部元気副主宰と北国の暮らしが息づく季題を集めた。(文学の森、2200円)

★雪解水曲がりきれずにあふれけり


大森静佳歌集『ヘクタール』

 〜第3歌集。「塔」所属。秘めた情熱は一途でほの暗い。源氏物語へのオマージュなど。(文芸春秋、2310円)

★わたしはもう夕焼けだから、きみの血が世界へ流れでたって平気


▼大西淳子歌集『火の記憶』  〜第3歌集。「コスモス」所属。社会への違和感や怒りが硬質な詩情に結晶する。(青磁社、2530円)

★涼やかにそうめん入るるみずいろのガラス食器は火の記憶持つ