俳人・広渡敬雄(※1)とゆく全国・俳枕の旅【第5回】隅田川と富田木歩(2020-11-6。サイト「セクト・ポクリット」(※2)より抄出)。
隅田川は荒川から分岐し都内を南下し東京湾に至る。浅草寺界隈は浮島堂の針供養、三社祭、鬼灯市、隅田川花火大会、羽子板市等年中賑っており外国人観光客も多い。対岸(墨東)は、謡曲「隅田川」梅若伝説の木母寺、向島百花園、旧玉の井遊郭街、隅田公園、桜餅で名高い長命寺、木歩終焉地の枕橋、同句碑の三囲神社がある。
★夢に見れば死もなつかしや冬木風 富田木歩
「常に死と隣り合わせに生きた木歩の切ないまでの生涯が見えて来る」(福永法弘)
「死んだ人と夢の中で会えて懐かしかったと素直に受け止めればよいのかも知れない。死も一生という夢の中の一部なのだから」(松下育男)
「あまりに死の観念に甘えていて好きでない」(山本健吉)
★雪降るやくらししづかに隅田川 山西雅子
★仲見世の裏行く癖も十二月 石川桂郎
★出盛りて鬼灯市の夜へ移る 神蔵 器
★青空の一枚天井羽子板市 鷹羽狩行
★狂ひなば悲しみうすれ梅若忌 鈴木貞雄
★剪定の一枝がとんできて弾む 高田正子(向島百花園)
★桜餅食うて抜けけり長命寺 高浜虚子
★秋風やむかし木歩に平和堂 福永法弘
★はぐれきて木歩の土手の冬雀 伊藤伊那男
★大川のまんなか暝し翁の忌 橋本榮治
★隅田川いまあげ汐の星まつり 鈴木真砂女
【富田木歩】
後年、声風が編集した句集には、『木歩句集』『木歩文集』『富田木歩句集』『決定版富田木歩句集』等々がある。
「近代俳人では、わずかに村上鬼城と木歩のみを境涯俳人と呼びうる。二十歳代にしてこの特異な完成した境地を打ち立てた作家は、後に芝不器男が現れる迄誰も居なかった」(山本健吉)
「吟波(木歩)には人間的魅力あり、不具ながら陰気な暗さやひがみがなく、物柔らかく謙虚だった」(吉屋信子)
「〈わが肩に蜘蛛の糸張る秋の暮〉は木歩一代の絶唱。蜘蛛の囲を払い落しもせず、その動きを凝視しており、総ての運命を諦めて静かに病を養い鬼気迫る境涯を詠う」(斎藤百鬼)
「声風あっての木歩、木歩あっての声風。俳人新井声風は境涯俳人富田木歩を世に知らしめた功績のみに於いて後世に残る」(福永法弘)
✦背負はれて名月拝す垣の外
✦人に秘めて木の足焚きぬ暮るる秋
✦菓子買はね子のはぢらひや簾影
✦己が影を踏みもどる児よ夕蜻蛉
✦母がゐて和讃うたふや夜半の冬
✦桔梗なればまだうき露もありぬべし(妹身売り)
✦犬猫と同じ姿や冬座敷
✦乏しさの湯槽ゆぶねに浸たり冬の雁
✦面影の囚はれ人に似て寒し
✦ゆく年やわれにもひとりの女弟子
✦墓地越しに街裏見ゆる花木槿
✦行人の蛍くれゆく娼婦かな
✦街折れて闇にきらめく御輿かな
✦ひとりゐて壁に冴ゆるや昼の影
✦ぬかるみに木影うつらふ蚊喰鳥
✦なりはひの紙魚と契りてはかなさよ(貸本屋営みて一年)
木歩を人として俳人として尊敬し、精神的負い目を与えずに支援し続け、その死後も全集刊行等に終生努めた新井声風という稀代の江戸っ子気質の俳人の存在があったからこそ、われわれは今木歩の作品に触れることが出来る。(「たかんな」令和元年9月号より転載)
※1【広渡敬雄ひろわたりたかおさん】1951年福岡県生まれ。2012年、第58回角川俳句賞受賞。2017年、千葉県俳句大賞準賞。2017年7月より「俳壇」にて「日本の樹木」連載中。句集『遠賀川』『ライカ』(ふらんす堂)『間取図』(角川書店)。『脚注名句シリーズⅡ・5能村登四郎集』(共著)。「沖」蒼芒集同人。「塔の会」幹事。
※2【セクト・ポクリット】2020年10月から本格スタートした、俳句を「ちょっと深く」知るためのポータルサイト。大黒柱の「ハイクノミカタ」は、読むだけで俳句が楽しくなる、7名の著名俳人による季節の一句+エッセイ、その他、連載やインタビュー記事、音声配信も続々。(Copyright © セクト・ポクリット)