12/6NHK俳句。題「嚏」。選者は小澤實さん。ゲストは俳人の北大路翼さん。他、宮田洋行。司会は戸田菜穂さん。

↑北大路さんと番組の冒頭に映された俳句。


▪️次の嚔をポケットティッシュは耐へられまい 北大路 翼


句集『天使の涎』(平成27年)所載。すでに一度目の嚔は、手元に残っていた、ただ一枚のティッシュペーパーで受け止めています。しかし、続いて次の嚔が出そうなんです。鼻水と涎まみれのティッシュ ペーパーで受け止めるしかありませんが、次の嘘で破れてしまうだろうと想像しているわけです。このポケットティッシュは購入したものではなさそうです。街頭で宣伝のために配られていたものでしょう。紙の質はいかにも粗悪な感じです。一人でいる時ならどうにでもなるでしょうが、この句の場面は人前に出ているのでしょう。嚔という季語を現代において生かした秀句です。瞬間を必死に生きている人の姿がくっきりとそして滑稽に描かれています。(小澤實さん。「NHK俳句」12月号より)


◎宮田洋行さんによる北大路翼さんの紹介。

①小学三年生の時「種田山頭火と出会う」とありますが、山頭火(1882〜1940)の俳句と出会った、ということですね。中でも「石に腰を、墓であったか 種田山頭火」は好きだったそうです。


②高校三年生の時「歳時記と出会う」とあります。高校生の時の担任の先生が今井聖さんだったそうです。それで、初めて歳時記と出会い読んでいるとこれがまたすごく面白く夢中で読んだそうです。やがて北大路さんも今井聖さんの結社「街」に入ります。北大路さんは「表現者としての生き様」が好きだと言っていました。


③「三十三歲 新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」を結成」とあります。私のフェイスブックの友達の中にも「屍派」の人が何名かいらっしゃいます。「屍派」は主に歌舞伎町で北大路さんが経営するバー「砂の城」で開かれる。あのフルーツポンチ村上氏も行ったりしているようですね。


「小澤さんが好きな一句」として、


▪️雪合戦顔に当てられたら怒鳴る


が挙げられています。「NHK俳句テキスト」12月号にちょうどこの句の小澤實さんの鑑賞文が載っていますたので活字に起こしました。↓


遊び半分で始めた雪合戦ですが、雪玉をだいじな顔に強く当てられたら怒ってしまいます。投げた相手を怒鳴りつけてしまいます。右の二句(もう一句は「部屋中をぶつ壊す気で蠅を追ふ」)、俳句のなかに新鮮な怒りが書きとめられています。これも珍しいことと思います。江戸時代、俳諧にたずさわっていた人は、多く社会の外に出ていました。各地を放浪し、漂泊し、句を残しました。江戸時代を代表する俳人、芭蕉も蕪村も一茶もそのような存在でした。それが、近代、明治以降になると、俳人たちは社会の中に組み込まれていきます。近代を代表する俳人、高浜虚子は鎌倉に住み、毎日東京丸の内にあった丸ビルに通勤しました。ほとんどの俳人が外に職を得た上で、俳句を楽しんでいます。しかし、翼はあえて違う立場を選ぼうとしています。翼の肩書は「新宿歌舞伎町俳句一家『屍派』家元」と書かれ ています。結社でなく、一家。主宰、代表でなく、家元。ここに近現代俳句の制度へのアンチテーゼを感じないわけにはいきません。あえて無頼を志す姿勢を読み取ります。先の楸邨ゆかりの人間探究に無頼を加えて、人間探究無頼派と名付けてみました。


※今井聖さんの師は「人間探求派」と呼ばれた加藤楸邨。人間探求派には中村草田男もいた。


北大路さん《屍派では毎日みんな100句は作り批評、批判し合う。嘘をついちゃダメ、本当の歌舞伎町を詠む。一家だから家族。》


◎放送順は違いますが、北大路さんが書いた『加藤楸邨の百句』の中の一部が戸田菜穂の朗読により紹介されました。


次は「中村草田男の百句」を書こうかなと思っている、と北大路さんは言ってました。


◎入選9句

▪️星一つ消し飛んでいる嚔かな 熊本県熊本市 小鹿野バンビ

戸田菜穂さんのイチオシ。小澤實さんの特選三席でした。

▪️くしゃみして蒼穹へ魂(たま)吸われむか 兵庫県三田市 志茂哲郎

特選一席

▪️予定日の早まる産気嚔して 富山県氷見市 山崎明子

▪️嚔してささる視線にまた嚔 神奈川県川崎市

▪️へっくしょんちきしょーちきしょうーへっくしょん 神奈川県横浜市 横浜J子

横浜J子さんのお名前はよく聞きます。

▪️三十三間堂をつらぬく嚔かな 東京都練馬区 大堀 剛

北大路さんのイチオシ。

▪️じっちゃんの嚔放屁をともないて 東京都府中市 竹内省司

宮田洋行さんのイチオシ。

▪️全身の全霊の大嚔なり 東京都調布市 ハードエッジ

特選ニ席

▪️我が句想破壊す妻の大嚔 北海道苫小牧市 齊藤まさし


入選句及び佳作は「NHK俳句」2月号に掲載されます。