『俳句四季』1月号にあった「昭和・平成の俳人 我が道を行く」のもうお一人、「杉」主宰の森潮氏の俳句も紹介しておきたいと思います。
(『俳句四季』で紹介されていた森潮氏の略歴)昭和24(1949) 年東京生まれ。昭和50年東京造形大学卒業。昭和52年1年間海外を放浪。平成元年「杉」入会。平成4年「杉」同人。平成22年「杉」を継承して主宰。絵画、写真、装丁など美術家として活動。
〈新作15句 東京浄土Ⅲ〉
▪️月冴ゆる万恒河沙(※)の夜の都市
▪️パソコンの闇を見つめて去年今年
▪️コンピューターの嫁が君なるマウスかな
▪️あかあかと初日拝むビルの上
▪️捨てがたきこの世と思ふ雑煮かな
▪️キャッシュレスの世の来てゐたり松納め
▪️垂直のビル立ち並ぶ寒さかな
▪️眼球となりて歩める凍つる街
▪️凩や迷宮都市に出口なし
▪️冬日さすつり革に手がぶら下がり
▪️陽の裏へビルの谷間へ冬の蝶
▪️陋巷に紛れて行けば焼鳥屋
▪️AIの世となりつつや餅を焼く
▪️ビルの間の銀河渦巻く落葉かな
▪️煮凝や遠き昭和の冷えし家
※いきなり難しい言葉が出て来ました。「万恒河沙」は「まんごうがしゃ」、万の恒河の沙。「恒河」はガンジス川のこと。ガンジス川の砂のように数が無限ということ。
〈自選40句〉
▪️囀や水滴に水あふれしむ
▪️摺りあげて広重の紺春タベ
▪️天高しけふ犍陀多(かんだた※)に蜘蛛の糸
▪️飛鳥より明日香の親しすみれ草
▪️怠けゐて日の眩しさよ葱坊主
▪️よき声の雀来てをりふくさ藁
▪️幼な子の数へ初めや手毬唄
▪️大津絵の鬼の襖絵十三夜
▪️賢治未明たのしむ冬の来たりけり
▪️子のきげん機嫌妻の機嫌や花八つ手
▪️みづうみに年を惜しめと鴨の声
▪️未踏の地はるかにしたり青き踏む
▪️日本は亀鳴く国ぞおもしろし
▪️どの樹々もそよぐ楽しさ夏来る
▪️雄ごころの父憶ふべし雲の峰
▪️山々のうとうとしたる実むらさき
▪️湯上りのふぐりを風に夏湯治
▪️抱一(※)の今宵も遊ぶ月夜かな
▪️播磨野は鬼おもしろき追儺かな
▪️亀鳴くを聴くは俳人ばかりなり
▪️星々の屋根にしづもる蕪村の忌
▪️ゆさゆさとゆるるが大地桃の花
▪️竹皮を脱げよ脱げよと雀の子
▪️いつの世も父情はさびし雲の峰
▪️寂しさの底抜けてをり秋昼寝
▪️露の世の露のいのちぞ温かし
▪️ふとぶとと兜太の句ありふきのたう
▪️かげろうて我ら還暦過ぎにけり
▪️雲に鳥秘すれば花のこころなる
▪️人の世はさくら仏と忙しき
▪️美しき阿修羅を夢に冬籠
▪️うからともわかるる齢鳥雲に
▪️人に似し神はあはれや椎の花
▪️籠枕いのちしづかに横たヘて
▪️母恋ヘばかの日の母や蚊遣香
▪️大いなる女郎蜘蛛をりネットの世
▪️アナログの蛇デジタルの百足かな
▪️AI をかしこみ茅の輪くぐりけり
▪️麦酒あり今とれたての句を愛す
※犍陀多=かんだた。芥川竜之介の『蜘蛛の糸』の主人公。 印度の大泥棒で悪業から地獄に落ちるが、生前一匹の蜘蛛を踏み殺さないで助けたことの報いにお釈迦さまが垂らしてくれた蜘蛛の糸につかまって脱出しようとするが、途中で邪心を抱いたため再、地獄に落ちる。
※酒井抱一(さかいほういつ)=江戸時代後期の絵師、俳人。