『榾』11月号を読む(4)


○6ページ上段に、白石かずこさんの詩「奇跡といふのは」。

奇跡というのはおきるものだネ

赤ん坊が生まれ、その母の父でもある男が 今日 自分の車のバックナンバーについて話した

「同じなのサ、ベビーの誕生日」と

そいつはスバラシイ その児は祖父になる男と 同じように果敢に冒険するだろう

人生って奴と 真正面から戦って 信義にあつく やがてスバラシイ男になるだろう

どうってことはない 生きることは つかのまの永遠 それでいて ちょっと 苦しく楽しいディナーのようなもの 

だが今日 男は酒を飲まない すこしは身をつつしんで その子と 早起きしてグランドを走り 一緒に ボールを投げ ミルクをのむだろう

奇跡は 酒好きの男を ヒゲのない汗っかきの 五歳の少年にかえるのサ


※白石かずこさん=詩人、翻訳家。1931年カナダ生まれ(7歳で帰国)。白石奈緒美(女優・料理研究家)は妹さん。早稲田大学文学部在学中の1951年、20歳で詩集『卵のふる街』を上梓。一時期、映画監督の篠田正浩と結婚していた。受賞は数知れず。三島由紀夫、寺山修司らとも交流が深かった。

(7〜13ページ、詳細な句会報告)


○14ページ目。俳誌「堊」10月号より16句。


▪️雨音の荒ぶる家を盆といふ 浦みつる

▪️夏深し素焼の壺に日がかげり 大隈チサ子

▪️涼新た点眼の顔風に向け 山角和代

▪️預かりし子等の硯も洗ひけり 坂口三千代

▪️学校の階段登る西日かな 山村恵子

▪️鶏頭のゆたかさだけの家に住む 中原秋波子

▪️野わけあとすこし不良になつてをり 上田輝子

▪️蟇月光の道渡り終ゆ 鈴木実千代

▪️苦瓜や螺旋の先の知らんぷり 宇野木邦子

▪️秋祭りワインコルクの転げたり 下村真理子

▪️山々のくれてゆくなり鬼やんま 二村和子

▪️子の生まれ梔子のなほ匂ふかな 石坂富起子

▪️かなかなや人影見えぬ社務所かな 原田美代子

▪️夏の海人形姫の耳飾り 林よしこ

▪️梅雨晴間幼とさがす宵の星 藤井重子

▪️花咲いてそれとわかりし百日紅 川上勝恵


福岡杉10月句会(10/4天神北新光ビル)より7句。


▪️やうやくに日脚に力豊の秋 渡辺美津子

▪️拾ひ読みしたる夜寒の週刊誌 森田正良

▪️善きことのありやなしやと温め酒 渡辺美穂

▪️石蕗の花人の歩きし気配あり 藤田春香

▪️一人居のゆたにたゆたに深め秋 宮地洋子

▪️栗を剥く思はざるわが指力 野原良子

▪️夕さりて声のいろいろ木の実山 御木正禅


○「榾亭雑記」(山崎あきら


今が旬の秋刀魚だが、古書によると「下品(げぼん)」の類と蔑まされた。いまは秋刀魚は詩歌のよき材料である。本号のグラビア頁では女流の句ばかりをあげたので、男性の句も若干あげておく。


▪️秋刀魚焼く煙のなかの妻を見に 山口誓子

▪️秋刀魚焼く匂ひの底へ日は落ちぬ 加藤楸邨

▪️風の日は風吹きすさぶ秋刀魚の値 石田波郷

▪️東京に瓦斯火は赤し秋刀魚焼く 石川桂郎

▪️道玄坂さんま出るころの夕空ぞ 久米三汀


以上で、『榾』11月号を読む、を終わります。