🍀ここ2、3日、古川典子さんについて書いてきましたが、以前長崎新聞の川崎雅典さんが『鳥の時間』を紹介してくれていましたので、今日はその記事を紹介したいと思います。追悼の意味も込めて。

※以下は、その時の記事を分かりやすいように編集して載せました。文は全て川崎さんの文章からです。

〇古川典子さん:1947(昭和22)年長崎市生まれ。「心の花」会員。第一句集『風に飛ばした』、第二句集『青い羊』。

〇第三歌集『鳥の時間』は、がん告知後の作品を含め約350首を収載。

〇歌友の馬場昭徳さんによる帯文

突然、予告された近い未来の死。そこから振り返るときの来し方の日日のやさしさ、いとおしさ。さりげない時間の積み重ねのかけがえのなさをこの歌集は私たちに教えてくれるであろう。

〇師事し敬愛した被爆歌人、竹山広への挽歌が巻頭に置かれ、棹尾をホスピスでの治療を選んだ静かな覚悟の歌で結んでいる。

★火葬場の弥生尽日さくら満ち慈しみのごと雨は降りくる
★この坂はきつと最後にのぼる坂けふホスピスの予約にのぼる

師を得た喜び、その導きで短歌の道を歩んできた歌人としての幸福、悲しみ事も含め、思いを盛ってきた短歌への強い意志と信頼を読み取ることができる。

〇家族の歌。つらさもうれしさも抱える肉親への限りない情愛。

★父母はこの浦上に出会ひたり二十二歳と十九歳
★年若き父母は二人子飢ゑさせず淋しがらせずときに叱りき
★しぼられた形のままに乾きたる雑巾のごと子が眠りゐる
★年中が目借時なる十五歳「起こさないで」と貼り紙をして
★「乗る前にまづ止め方を覚えて」と子が言ひ孫が頷いてをり
★おとうとのほほを撫でやる「元気でね」六十八歳(ろくじふはち)の弟の頬

〇歌友の歌。

★「あつ、つばめ」と君が言ふたび振り返り飛び去りし後の空ばかり見る
★わが病告ぐればすぐに涙ぐみ慰めやうのなき馬場昭徳氏

一人(一首目)は小紋潤氏。自身が悲しみ、相手がかなしむ。その存在と友情に心を委ねて。

〇園長としての歌。「園児に歌を授かった」という。

★眠りゐる犀がぷるんと耳を振る生きてゐるぞと子らが指さす
★ 「ハイどうぞ」見えないケーキ渡されぬ「イチゴがのつてゐます」と言はれ

〇歌集名『鳥の時間』は、

★手のひらにのるほどの巣を拾ひたり手より溢るる鳥の時間は

から。小鳥が好きだという。鳥には巣があり空があり、鳥なりのつらさがある。人には家があり人生があり、人ゆえの悲しみがある。歌集はいわば鳥の巣、鳥の時間は歌の数々といえるのかもしれない。

★「たつた一人救援列車に乗つたげなあん子はまあだ十歳(とを)やつたとよ」
★セキレイはいつも一羽やつて来て誰にも相談しないで帰る
★真夜中に電話が鳴りて物語はじまりたりぬ「たき火をするよ」
★百万回猫生きかへらせて自らは生き直しせぬ佐野洋子かな
★灯がふつと吹き消されるやうに歌ひ終はりぬ宇多田ヒカルが
★病室の壁に傾ぶく十字架をつひに直しぬ椅子に登りて

〇あとがきに「今終われば自信を持って良い人生だったと言える」と記す。

〇ながらみ書房刊、四六判上製カバー装、192頁、2500円(税別)。

※他に

★金毘羅山が大綱まはしゐるやうな虹がかかれりさあさあ跳ばな
★いつまでを眠りゐるらんかたつむり来る春までは待てざるものを
★ゴミとして出されし鏡青空を映してゐたり壊れたる空
★パネラーは「ここは長崎なんですね。読まれる歌に泣く人がゐる。」

など。

※ながらみ書房の担当者さんは、「余命宣告を受けてからしばらく過ごしている中で、死を待つ時間を歌集の完成を待つ時間に変えようと思ったんです」との電話を受けて、「超特急の作業をした」と言われたそうです。

※印のところは、すえよし記です。

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