バブルの頃、

銀行、証券、生命保険、不動産、建設等で

あぶく銭を稼ぎ豪遊していた連中は、

酔っぱらうと

「あんな安い給料で働いている公務員になる奴はバカだ!」

と言っていた。


しかし、バブルがはじけ

4大証券の山一証券、都市銀行下位の北海道拓殖銀行、生保中堅の千代田生命等々

の銀行、証券、生命保険、不動産、建設等の会社が倒産し、

これら一連の

 ーバブル経済恩恵組

が「崩壊」し、

人員整理、給与カット、子会社出向等リストラの嵐が吹き荒れると

彼らは

「公務員は好景気・不景気にかかわらず安定して良い」

とささやかな酒席でささやくようになり、

自分の子女の就職先として

「公務員をめざせ!」

と180度転換した。

バブル崩壊後、

公務員になるためだけに就職予備校が繁盛したのはこういう背景がある。


しかし、公務員を目指している若者に、

「公務員になるためだけに就職予備校に通うのは虚しくない?」

と問いたい。

重要なのは、「公務員になるため」ではなく、

「公務員になって何をしたいのか」

ということではあるまいか。

いやしくも

 ーおおやけのつとめ

と言うのだから、

それ相応の志をもって働くのが筋であろう。


公務員をめざし、

あるいは

すでに公務員となったが、

「最近、自分が堕落しているのではないか?」

と自問自答できる

まだまだだいじょうぶな公務員に是非見てほしいのが

 黒澤明の名画「生きる」

である。


団塊の世代ならまず見ているに違いないこの名画。

最近の30代以下の若い人は、

名著を読み、

名画を見ようとしないので

「だまって見ろ!」

と薦めたい。


「生きる」の内容は大略次のとおり。

ある市役所の市民課長(志村喬)。

市役所の中では閑職。苦情係。

この市民課長は役人になって以来、

無遅刻無欠勤なのだが、ただそれだけの男。


冒頭のナレーションがこの市民課長をさしてこう切り捨てる。

「これがこの物語の主人公である。

 しかし、今、この男について語るのは退屈なだけだ。

 なぜなら、彼は時間をつぶしているだけだからだ。

 彼には生きた時間がない」


するとメモ書きを読んだ若いの女の臨時職員が笑い出す。

上司から注意され、

 今笑った内容を話しなさい、

と命令されるので彼女は読んだ。


 ー「君、一度も休暇を取らないんだって?」

  「うん」

  「君がいないと役所がこまるってわけか」

  「いや僕がいなくとも役所ではぜんぜん困らないというのが

  わかっちゃ困るんでね」

 

彼女は大笑い。

しかし、市民課の職員は我が身のこと。

とりわけその典型は、市民課長なのだ。

なので皆シーンとなる。

市民課長も自分のことのようだと観じたような挙動をするがオロオロするばかり。


ナレーションが続く。

「ダメだ! これでは話しにならない。

 これでは死骸も同然だ。

 いや、実際、この男は20年ほど前から死んでしまったのである。

 それ以前には少しは生きていた。

 少しは仕事をしようとしたこともある。


 しかし、今やそういう意欲や情熱は少しもない。

 そんなものは役所の煩雑な機構や

 それから生み出される無意味な忙しさの中で

 まったくすり減らしてしまったのだ」


市民課長は忙しそうに回された書類にはんこをおす。

ナレーションが切り捨てる。

「みたまえ!

 まったく忙しそうだ。

 しかし、この男は、本当は何もしていない。

 このイス(市民課長のイス)を守ること、

 そしてこの世界での地位を守ること

 それ以外は何もしないのが一番いいのである。

  しかし、いったいこれでいいのか!?」

 

この情けない市民課長。

自分が余命1年もない胃ガンであることを知り大いに驚愕する。

最愛の一人息子にも裏切られ、

失意の中で見ず知らずの男と意気投合し初めて夜の遊びをおぼえる。

役所を無断欠勤し、

自分を笑った若い女の臨時職員に頼み込んでデートをしてもらう。

自問自答の末、彼がたどり着いた結論は・・・。

市民課長の葬式。

彼が公務員として最後にやり残した仕事とは。


あとは見ろ!