今から約30年程前、

我が輩は、

国電京浜東北線の蒲田駅と大森駅の間にある

 メリー・チョコレート

という

チョコレート会社でアルバイトをしたことがある。


バリバリの朝高生として、

アウトロー学生界でその名を轟かせた我が輩ことハ・ミョンセンが、

「チョコレート会社でバイト?!」

というのは、

いささか奇妙ではある。


メリーチョコレートでバイトした理由は、

ただ単に、

勤労福祉会館で活動していた

極真会館東京城南支部に行く途中に

この会社があったからだ。


バイト内容は、配送の仕分け。

次々とベルトコンベアーで送られてくるチョコを

全国の百貨店等に仕分けする業務だったが、

感想は

「とても寒かった」

しかない。 


あともうひとつ。

メーリーチョコレートを運ぶトラックの運ちゃんの

「威勢が良かった」

ことか。

とにもかくにも、

「誰それとケンカして勝った!」

等の武勇伝オンパレード。

我が輩達が

「現役の朝高生!」

ということで威嚇の意味もあったのかも知れない。


どうしてそういう話をするのかというと、

今日2月14日は、

「バレンタイン・デー!」

ということで、

善良なる日本国民すべてが、

そして不良のヤクザや右翼までもが、

ウルトラマンのように

「キリスト教徒に変身!」

する、

すばらしい日だからだ。


だが、バレンタイン・デーは、

 メリー・チョコレート

が創作した商業イベントであり、

ちまたで信じられている

 神聖なる愛の告白の日

ではない。


確かに、チョコレートをおくる習慣は、

敬虔なるキリスト教国フランスにはある。

2001年、我が輩は、

法政大学経営学部の経営史のテキストとして

『ケーススタディ 企業家史』

という本を書いたが、

その際、

アメリカの財閥デュポン家の創業過程について調べ、

それを上記の本に収録した。

デュポン家はフランスからの政治難民で、

フランス製の火薬をアメリカで製造販売し、

アメリカ海軍御用達商人となり、

戦争を通じて莫大な富を得た

 死の商人

であった。


デュポン一族の結束は固く、

アメリカに移民しながらも、

故国・フランスの習慣を堅持したらしい。

その習慣の一つが、

 チョコレートを送る習慣

なのだが、

実は、デュポン家の一族の男が、

デュポン家の一族の女の家を一軒一軒訪ねて

チョコレートをあげたのだという。

(そのエピソードは、我が輩の上記の本124pに記してある)。


つまり、

 ー女性が男性に愛の告白=チョコレート・プレゼント!

という習慣は、

もともと世界の何処の国にもなかった!

と言っても言い過ぎにはならないわけだ。


Q、では、どうしてメリー・チョコレートは、バレンタイン・デーを作ったのか?


「1~2月は、チョコレートの売り上げが少なかったので、これを克復するため!」

というのが答えらしい。

つまり

「現代日本の国民的行事化!」

している

バレンタイン・デー=チョコプレゼントは、

チョコレートを売るための

チョコレート会社による

「商業イベント!」

だったのである。

それは約50年程前に伊勢丹百貨店のブースを借りて

メリーチョコレートが始めたらしい。

まぁ、どうでもよかよか。