二兎を追う者は一兎を得ず

ということわざがある。

我が輩は、

「あれこれやらずに一つのことに集中せよ!」

という古人の戒めだと理解している。

標準的な家庭に育った人には、まったく正しい。


だが、

「あらゆる人に当てはまるとは限らない!

 とくに、不完全な生い立ちをもつ人間にはあてはまらない」

と考えるのが硬派感傷主義だ。


たとえばだ。

大スターのジャッキー・チェンは、

スラム出身で子どもの頃から苦労をし、

小学校もろくに通えなかったので、字がかけなかった(本人が告白している)。

彼は、自己の履歴をあらわす職業欄には、

 ー武術家、俳優、実業家

と3つの職業を書くといわれている。

いずれも成功しているので、3兎を得ているわけだ。


ビートたけしの例もある。

 ーお笑い芸人、映画監督etc

と少なくとも2兎は完璧に得ているはずだ。


こんな例はたくさんある。

すべてを詳細に調べたわけではないのだが、

傾向的にみると、

育ちの悪い人、

不幸な環境で育った人、

子どもの頃から満たされない思いを持ち続けた人には、

こういう多分野で成功する人が少なくないように思えてならない。


我が身を顧みると、

「育ちが悪いからねぇ~、我が輩も」

と、この点だけは、妙に納得しているのだ。

だから、

「今しかできないことを優先的にやろう!」

と、

43歳にしてなお、いまだに、チャレンジ精神が衰えることはないし、

自分の限界も、

「まったく観じることはない!」

のである。


我が輩の外国人政策についての志はただ一つ。

「まじめで勤勉、努力を惜しまない有為な人なら

 何人であろうとも差別せず、上昇できる社会風土を構築する。

 それが日本の国益にかなう。 

 また、そういう姿勢こそが、

  ー日本の移民社会の嚆矢

 といえる

  ー在日韓人出身の新日本人の使命!!

 である」


なので、坂中英徳所長が創設した外国人政策研究所の理事にも就任した。

そして今日、彦根から車で30分程の

滋賀県近江八幡市で坂中所長と会い打ち合わせをした。


坂中所長が帰省していた郷里の京都府からの帰路、

早急に決めなければならない重要案件があったので

「京都と米原の中間あたりの近江八幡でお会いできませんか?」

と提案したからだ。


シビアな打ち合わせの合間、

「文芸春秋社の『日本の論点』に、外国人移民政策問題が取り上げられますよ」

「ほう、それはそれは良かったですね。

 これで朝日、日経、毎日、読売、産経等の5大新聞社、

 そして文藝春秋社。

 これで主要なメディアは、すべて外国人政策に注目したわけですね」

「ええ。これで世論を喚起できそうです」

「坂中所長の功績ですなぁ」

「いやいや」

と盛り上がってしまった。


後、米原迄、車で送った。

近江八幡、安土城址、彦根城、琵琶湖と案内しながら、

シビアな話から歴史談義迄、

話題がつきることはない。

坂中所長とは20歳ほど歳が離れているのだが妙にウマがあう。

おそらく若いわが輩に合わせてくれているのだろう。


「所長、まじめな仕事の合間に、小さな旅をすべきではないでしょうか?

 日本人は勤勉すぎて、限られた時間を有意義に使うのが下手だと思います。

 せっかく遠くまで出張したのなら、

 少ない時間であっても地元の風土や人情、郷土料理に接し、

 次の仕事のための英気を養うべきだと我が輩は思います。

 日本の役人やサラリーマンは、やたらと時間に追われていますが、

 かなり疲労がたまるのではないでしょうか?

 疲労がたまれば、良い仕事はできないのではないでしょうか?」

「そうですなぁ。そういう楽しみ方がわれわれの世代はどうも苦手でね」

「坂中所長には、まだまだがんばっていただかないと。

 そのためにも健康第一!

 楽しみながら英気を養ってください!

 我が輩がお供しますから」


琵琶湖に沈む夕日がまぶしかった。