「貧困クライシス」とは何か?「働く貧困」のその先にあるもの

 

働き盛りの35歳世代の青年労働者に焦点を当ててみると、「正規雇用の一層の減少」と「所得の伸び悩み」に苦しむ 実態が見え、日本の持続可能な経済・社会の根幹を破壊しつつあることに恐怖を感じます。「20年後の日本」は、このままでは「中間層の崩壊が急加速」「税収や消費が落ち込む一方で福祉コストが嵩む超コスト負担社会」が到来します。この超コスト負担社会をまかなうためには、消費税を18%にまで引き上げなければならないという衝撃的な試算すらあるのです。その最大の要因は言うまでもなく「働く貧困」が深刻化し、賃金が低迷していることです。賃金引き上げによる個人消費の拡大は、日本経済活性化のカギになっているのです。この20年間、政府と財界は構造改革の名の下に賃金をむりやり引きずり下ろさせることを至上命題としてきました。IMFが先般発表した対日提言では、日本に継続的な賃金引き上げを促す官民ガイドラインの導入を求めています。このなかでは、賃上げしない企業にはペナルティも必要と警告しています。それほど賃金の低迷によって、日本経済は深刻な状況なのです。

 

どうしてこんな状況になったのでしょうか。1990年代後半に新自由主義的規制緩和と労働法制の改悪が矢継ぎ早に進められました。98年労働基準法改悪によって有期雇用の上限規制が緩和され、契約社員の大量活用が可能になりました。翌99年には労働者派遣法が改悪され、派遣労働の対象が拡大しました。更に2003年派遣労働者の製造業への派遣が解禁となり、大きな枠組みが完成したのです。

 

19942月、今も「舞浜会議」として語り継がれる会合がありました。舞浜の高級ホテルに大企業のトップ等14人が参集し、新時代の日本経済を巡って議論しました。その席で「これまでの価値観で経営を続けて国際競争力を保てるのか」という疑問が出され、「雇用重視」を唱える今井敬新日鉄社長と「株主重視」を主張する宮内義彦オリックス社長の間で、「今井・宮内論争」と言われる激論が交わされました。宮内氏は、「企業は、株主にどう報いるかだ。雇用や国の在り方まで経営者が考える責任はない」と主張。今井氏は、「それはあなた国賊だ。我々はそんな気持ちで経営をやってきたんじゃない!」と反論。結果は、国賊派の勝利。それが分水嶺であったかのように、今日の「新時代の日本的経営」につながっています。

 

 

今、確実に各世代で生活保護受給者予備軍 増加

 

「働く貧困」層の増大は、日本的労使関係といわれた年功賃金制、終身雇用制が急速に崩れていることを示すとともに、労働者全体の賃金水準の低下をもたらし、今日の日本の深刻なデフレ不況の根本要因となっています。働く貧困は若い世代から始まり、その上の世代にじわじわと広がっているのです。労働者全体を見たとき、実は「格差の広がり」が問題なのではなく、「貧困の広がりとその水準が下がり続けている」ことが重大な問題なのです。正規労働者が減少し、低賃金の労働者が増大すればそれはそのまま社会保険制度の根幹を揺るがす事態となります。しかも、昨今経営難から、社会保険料負担を免れるために厚生年金から国民年金に切り替える事業主が増加しています。また、非正規労働者に社会保険を適用しない事業主も少なくありません。厚生労働省「就業形態の多様化に関する総合調査」(2014)によれば、非正規労働者の健康保険加入率は54.7%、厚生年金52.0%となっています。半数近くの非正規労働者が事業主負担のない国民年金・国民健康保険加入となっているのです。「働く貧困」層の増大は、国民年金保険料の未納者と免除者の増加となってあらわれ、保険財政悪化の要因にもなっています。保険料納付率は98年度の76.6%から2014年度63.1%へ低下(10ポイント減)し、免除率は98年度の19.9%から2014年度38.7%へ増加(18.8ポイント増)しています。「働く貧困」層の結婚できない若年男性労働者の増加は、近い将来、高齢者の生活保護受給者の急増につながることは明らかです。

 

 

情勢を自らの問題として捉える、キーワードは「当事者性」

 

ある事業所で、評議委員会方針を討議学習していた時に国保の問題が話題になりました。無料低額診療の患者さんの事例や保険証の差押え事例について話し合ったところ、参加していた入職2年目の職員から「実は私も国保料を滞納していました。前職場が入職3年目以降でないと健康保険証をもらえず、タイムカードも出勤簿もない職場で朝から深夜まで働いていました」という発言がありました。その職員は、大学卒業と同時に親の扶養家族から外され、国保加入になっていましたが本人には全く自覚がなく、病気もしなかったので健康保険のことは全く考えたことがなかったそうです。しかし、国保料の滞納通知が届いてその事実を知り、そこの退職後失業手当は全てその滞納にあてたそうです。社会保障を巡っても厳しい現実の中で、実は多くの職員が当事者なのです。

 

「貧困クライシス」クライシスという言葉は、「危機」という意味と同時に「転機」「決定的段階」という意味も併せ持つ(「岩波新英和辞典」)そうです。私たちは今、ピンチをチャンスに変える決定的段階に直面しているともいえるでしょう。時代はまさに「戦後第二の困窮期」に入っています。・・・藤末衛全日本民医連会長があいさつで述べたフレーズを最後に引用します。「社会保障の問題はまさに国民にとって切実な問題です。民主主義に観客席はありません。民医連職員、共同組織はそれぞれの地域で情報発信し、運動を進めてほしい。その活動の根拠となるのがSDH(健康の社会的決定要因)であり、組織論が『住み続けられるまちづくり』。そして、誰にでも広げられるそのツールがHPH。憲法を学び行動し、そしてまた憲法に戻る、そんな活動を進めましょう。現局面、民医連は発展期の入り口に来ているのです」

 

 

2017年3月4日 理事会にて
盛岡医療生協 理事長
尾形 文智

 

岩手県 盛岡市 川久保病院

川久保病院ホームページ  http://kawakubo-hos.jp/
さわやかクリニックホームページ http://sawayaka-c.net/