あらゆる動物の中で唯一、人間だけが可能な音声言語。その言語がいつヒト族に誕生したかは、不明だ。何しろ音声言語は、化石化しない。
 

新石器農耕で旧石器人言語が消滅​

 しかし、20数万年前にアフリカに現れたホモ・サピエンスは絶対に音声言語を話していただろうし、今は絶滅したヨーロッパ、アジア中部以西にいたネアンデルタール人も、完全な文節言語は難しかったかもしれないが、やはり言語は話していたはずだ。

 いずれの人類も、それ以前のホモ・ハイデルベルゲンシスより洗練化された石器を作り、一部は芸術品・装身具を制作していたからだ。こうした技術の次世代への伝承には音声言語が不可欠だからだ。

 しかし旧石器時代後期に現れたはずの旧石器言語は、旧石器人の消失に伴い、滅びた。

 1万1700年前の農耕牧畜の新石器時代の始まりで、旧石器人の領域がどんどん狭まり、一部は新石器人に吸収されたが、大半はテリトリーから追い払われ、絶滅したと思われる。


旧石器時代の生き残りのコイサン語族​

 その数少ない生き残りが、アフリカ南西部にわずかに残るコイサン語族であり、コイサン人種が話していた。彼らは現在は、ナミビアやボツワナ、南アフリカ北部などの砂漠に棲む。以前はサハラ以南のアフリカ全体にいたと思われるが、後にウシを飼い、鉄精錬技術を備えたバントゥー語使用民の拡大で、現在の偏狭部に追いやられた。それでもヨーロッパやアジアの旧石器人のように、消滅しなかっただけマシである。

 農耕牧畜を始めた新石器人は、食料生産による食の安定化と定住化によって爆発的に人口を増やし、溢れた人々は旧石器人の領域にどんどん進出していった。

新石器農耕のヨーロッパなどへ拡大したインド・ヨーロッパ語族​

 例えば、英語やドイツ語、フランス語、ロシア語、ヒンドゥー語などを含むインド・ヨーロッパ語族は、おそらく今のアナトリア地方の言語を祖語として、コムギやヒツジなどの農耕牧畜の拡大で西欧から北欧、南欧、インド亜大陸まで広がり、時と共にそれぞれの言語に進化していった。

 その進出の過程で、在来の旧石器人は狩猟採集を行うテリトリーから追い出され、消滅したか、進出してきた新石器人に吸収されたかした。

​ 現在、スペイン北部からフランス南西部にかけてのバスク地方に残るバスク語は、インド・ヨーロッパ語族に属さない、したがってヨーロッパ旧石器時代の生き残りの言語とみられる。なおバスク人として著名なのは、日本に初めてキリスト教をもたらしたフランシスコ・ザビエル(写真)である。​
 

 

西はマダガスカル、東はイースター島の広大な領域に広がったオーストロネシア語族​

 インド・ヨーロッパ語族は、おそらく最も拡大に成功した語族だが、広さに関してはオーストロネシア語族の方が抜きん出ている。

 今日話されているだけで、オーストロネシア語族には1258言語も含まれる(インド・ヨーロッパ語族は445言語)。

​ 祖語は、驚くべきことに今は台湾山岳部に残る諸言語だった。台湾を起点にオーストロネシア語族は、フィリピンや東南アジア島嶼部、東はイースター島までの太平洋の島々、南はニュージーランド、さらに西はアフリカ大陸沖のマダガスカル島に広がる大言語圏を形成した()。地球を半周以上する広がりである。​

 

 

 インド・ヨーロッパ語族と異なるのは、オーストロネシア語族は、タロイモなどを主食にブタやニワトリを飼い、フィリピン、マレーシア、インドネシアなどを除くと、主に無人地に拡大していったことだ。
 

1度は死語になったヘブライ語​

 旧石器時代の言語もそうだが、新天地に拡大していった言語も、かなりが後に話す人がいなくなって死語になった。

 その中でも現代に復活し、1国の公用語までになった希有な言語がヘブライ語である。

 ヘブライ語は、古代イスラエルで話されていたセム語族に属する言語だったが、古代イスラエルの滅亡、古代ヘブライ語を話していたユダヤ人の世界への流亡で西暦200年頃に消滅した。ただ話す人がいなくなっただけで、ほんの少数の学者の文やユダヤ教の典礼言語として、書き言葉として細々と生き残った。

 それが19世紀になって、ヨーロッパ各国のシオニズム運動の勃興で、いずれパレスチナにイスラエルが再建された時の母語として文献の世界から蘇ったのが、現在のイスラエルの国語となっているヘブライ語だ。
 

イスラエルで目にしたヘブライ語はちんぷんかんぷん​

 古代ヘブライ語はインド・ヨーロッパ語族と全く系統を異にする言語なので、それを基にした現代ヘブライ語も、僕たちには全く異質に見える。ちなみにヘブライ語は22文字のヘブライ文字を使用し、同じセム語族に属するアラビア語と同様に、右から左に右横書きで書く。

​ 2017年にイスラエルを訪れた時、ヘブライ語表記は全く分からなかった。救いは、主な表示には必ず英語が併記されていたことだ(写真=説明板の英語でない文字の文がヘブライ語)。​

 

 

 ヘブライ語にユダヤ人の受難の歴史が宿っている。


昨年の今日の日記:「エチオピア紀行(178):NME=最古の全身骨格の揃った人類化石『アルディ』、6年前の興奮の主が眼前に」