​ NHK-BSプレミアム『白銀の大縦走』を観て感動し、北海道最北端の宗谷岬から最南端の襟裳岬までの北海道の分水嶺を2カ月余かけて単独大縦走した登山家の野村良太氏に大縦走に挑戦させるきっかけを作った工藤英一著『北の分水嶺を歩く』(写真)を読んだ。
 

 

​​中古本で3万円以上​​

 工藤氏は、全15回、合計17年(1975年3月~1992年2月)、延べ130日をかけて、大縦走を行ったが、その山行は、困難に満ちたものだったに違いない、とぜひ読みたいと思った。

 アマゾンで検索すると絶版になっているようで、中古本は3万円以上の値がついている。中古本でこれだけ高価なのは、良書であるからで、それでいて文庫化や増刷になるほどの需要はないのだ。「山屋」の特殊な山行の本だからだろう。

 とても買えないと思い、地元の図書館の蔵書検索してみたら、1冊だけ所蔵されていた。ところが僕と同じように考えた人がいたようで、リクエストすると貸し出し中だった。僕のように、テレビ番組を観て、読みたいと思った人がいたのだ。1週間ほどウエイティングして、やっと借りられた。

 入手するとその日のうちに、わくわくしながら読み進んだ。
 

山行中はいつも食べ物のことばかり考えていた​

 フリーの山岳ガイドの野村氏と異なり、工藤氏は東京の学生時代に先輩と共に縦走した第1回目の日高山脈の楽古岳~芽室岳の山行以外、フルタイムの仕事持ちで、また家族持ちだった。だから、休暇の取れる年末年始にほとんど、細切れで山行することになる。

 冬季の縦走行は、困難を極めた。吹雪になれば、何日も狭く、寒いテント内で停滞する。山行中は食料と燃料を節約しているから、いつも空きっ腹で、「歩きながら考えていることといえば、こんなつらい思いをして『なぜ山に登るのか』ということ、そして最大の関心事の『食べ物』のことばかり」という。歩いていても、悪天候で停滞中も。

​ 「こんなつらい思いをして『なぜ山に登るのか』」という気持ちは、工藤氏よりはるかに楽チンで、整備した行路を歩いたニュージーランド、ミルフォード・トラックの苦行の3泊4日を体験した僕にもよく分かる。3日目の雨のマッキノンパス(標高1154メートル;写真=マッキノンパスの記念碑)を登った時、芯から濡れて疲れ果て、ほとんど過酷な懲役刑に等しいと思ったものだ。​

 


 

冬山より困難な夏のヤブこぎ​

 1回で単独大縦走した野村氏が冬季(2月下旬から4月末)を選んだのも、工藤氏の著書で良く分かった。基本、登山道が無い行程を歩くので、夏は、密生する身長を超すクマザサをなどをかき分けて進むしかない。

 ヤブこぎは、その中を進むので、疲れて、視界も開けず、距離が伸びない。第13回目の8月の日高山脈南部の楽古岳から広尾岳までの山行では、1日歩いてたった3キロ(!)と冬山の半分以下だったと工藤氏は記す。1時間ではない、1日の行程なのだ。

 その点、雪に覆われた冬の稜線歩きは、寒さと危険な雪庇に注意すれば、体力を要しても、1日7、8キロは行けるのだ。だから工藤氏は、全行程670キロに停滞した日にちを差し引いた約100日で歩くことができた。

 もっとも野村氏は、停滞期間も含めて計63日で縦走に成功した。停滞期間も含めて1日に10キロ超を歩いたことになる。あらためて野村氏の想像を絶する強靱な体力に畏敬の念を覚える。
 

工藤氏の「今後の課題」の2点を同時に達成した野村氏​

 野村氏が北海道分水嶺の大縦走に挑戦するきっかけになった文章が、同著のあとがきにある。

 ここで著者工藤氏は、自らの体験を基に、大縦走行の「今後の課題」を2つ挙げた。

 ①完全単独縦走、②ワンシーズン縦走、である。

 ①は、困難だけれども、意思の強固な人なら必ず達成できると思う、と予測する。「軟弱」を自認する自分が達成できたから、だ。しかし②は至難の業に近いかもしれない、と指摘する。

 それでも「いつの日か誰かに、人並み外れた艱難辛苦に耐える精神力と強靱な体力の持ち主に、挑戦して実現してもらいたい」と期待を述べる。

 それが、工藤氏の最後の山行(1992年2月)の30年後に、強い精神力と強靱な体力を備えた若い野村氏によって①と②が同時に達成されたのだ。

 新たな国内登山史の切り開いた先人と後進の偉業に、深い敬意と讃辞を送りたい。
 

▽野村良太氏の分水嶺大縦断行、参考までに​​​

・23年2月3日付日記:「2カ月かけて単独下山無しの行程670キロの北海道分水嶺の若者の大縦断行に感動(後編)」

・23年2月1日付日記:「2カ月かけて単独下山無しの行程670キロの北海道分水嶺の若者の大縦断行に感動(前編)」

​追記 野村良太氏が植村冒険賞受賞​

​ 未知の世界を切り開く創造的な冒険的行動を讃える第27回「植村直己冒険賞」が6日発表され、南北670キロの北海道分水嶺の積雪期単独縦断を初めて達成した山岳ガイド、野村良太氏(28歳)が受賞した(写真=植村直己氏のパネルをバックに写真撮影に応じる野村良太氏)。下山せず、北端の宗谷岬から南端の襟裳岬まで昨年の63日間の活動の一端はNHK-BSプレミアムでも放送されたし、上の「参考までに」に挙げた日記で触れた。​

 

 

​ 綿密な計画に基づく前人未到の踏破が評価された。同賞の国内活動での受賞は初めて。

昨年の今日の日記:「人口減少に悩むスターリニスト中国とプーチンのロシア、対策は戦争?」