約200万年前には東アフリカに出現していたホモ・エレクトスは、それまでのどんなヒトより大きな脳と体躯を持っていた。それにもかかわらず、小さな歯、退縮した咀嚼筋という食物を噛む力の弱化が見られ、さらに残された骨格から腸も縮小していたことが分かっている。


エネルギー浪費の巨大化した脳の要求にどうやって応えられたか
 それでなくともエネルギー多消費の巨大化した脳を養うのに、明らかに彼らはそれに矛盾した形態を備えていた。脳は、代謝エネルギーの20%も消費しているのだ。
 咀嚼能力と消化能力が減退したのに、増大したエネルギー消費量をまかなったという矛盾した組み合わせが、なぜホモ・エレクトスで現れたのか。
 それを説明する仮説として、ホモ・エレクトス出現前に製作されるようになっていた石器を使って食に肉を取り入れたことと火の使用にする調理が始まっていたことが挙げられている。しかし加熱調理の証拠は、50万年前まではほとんど確認されていない。だから咀嚼に及ぼした肉食と下部旧石器文化による食物処理技術の影響は、なお未解明であった。


ホモ・エレクトスの狩り


肉が食物に入ってくるだけで年間の噛む回数は13%減
 そこで、ハーバード大学人類進化生物学科のダニエル・リーバーマン(写真)とキャサリン・ジンクは、アシューリアン文化の食物処理技術が、肉と塊茎類の消費においてヒトの咀嚼力と効率にどのような効果があったのかを試し、その実験結果を英科学週刊誌『ネイチャー」3月24日号に報告した。


ダニエル・リーバーマン

 それによると肉が食の3分の1を占めるようになると、たとえ加熱調理をしなくてもそれだけで年間の噛む回数はおよそ200万回減り、これは従来より13%の減少になるという。それにより必要となる咀嚼力は、15%は減る。


石器で薄く切ったり突き砕いたりでも咀嚼力は減る
 さらに肉をただ薄く切り分けたり、塊茎類を突き砕くだけで、肉を小さく噛みちぎる能力が41%も改善しただろうという。それはさらに年間の噛む回数をさらに5%減らし、必要となる咀嚼力をさらに12%も減らしたと推定されるという。
 調理は重要な利益をもたらしはしたが、ホモ属で弱まった咀嚼の形態へという選択は、石器使用と肉の消費の組み合わせによって初めて可能となったことは明らかだ、と2人は結論づけている。
 石器使用と肉の消費は、280万年前のホモ属出現とほぼ一致するが、その後、しばらくは脳の増大は見られなかった。しかしこの文化的適応が、脳を大きくする淘汰圧を生み出し、やがてそこからホモ・エレクトスが進化した。


文化的適応がユーラシア進出へ
 ダニエル・リーバーマンとキャサリン・ジンクは、従来感をあらためて科学的に証明したのである。
 ホモ・エレクトスは、出現してほどなく、この特性としっかりした直立二足歩行と大型の体躯を利用して、出アフリカしてユーラシアに進出していく。
 我々ホモ・サピエンスの登場は、まだずっと先のことだったが、2つの文化的適応がいずれホモ・サピエンスの進化につながるのである。
 写真上は、ホモ・エレクトスがサバンナで競合者であるハイエナなどのスカベンジャーを警戒しながら、ガゼルの死体から肉を切ろうとしている想像図。


昨年の今日の日記:「ポーランド紀行:レストラン『ホノラツカ』はショパンゆかりの店;紀行」