満を持しても授賞である。6日、カナダのアーサー・マクドナルド氏とともに、今年のノーベル物理学賞を授賞した梶田隆章・東京大宇宙線研究所長(56歳)のことである(写真=スウェーデンの王立科学アカデミーでの授賞発表)。必ず授賞する、それがいつかだけ、と言われていた物理学賞の栄誉が、今年であった。
どこにでもあるが容易に捕えられない
梶田氏らの受賞理由は、素粒子「ニュートリノに質量のあることを示すニュートリノ振動の発見」である。
ニュートリノは、どこにでも、我々のすぐ身近にもあるり、極めて小さく、しかもどんな物質をも突き抜けてしまう。宇宙などから大量に降り注いでいるが、どんな物をも素通りするから、捕えるのが難しい。
それは、梶田氏の師に当たる小柴昌俊氏が、1987年に岐阜県神岡鉱山地下1000メートルに設置したカミオカンデで超新星爆発で生じたニュートリノを世界で初めて観測に成功した。2002年、小柴氏はその功績でノーベル物理学を授賞した。
質量ゼロという現代素粒子物理学の標準理論を覆す
しかし現代素粒子物理学が大前提とする標準理論では、ニュートリノは質量がない、とされてきた。標準理論は、13年の物理学賞授賞理由となったヒッグス粒子の発見で完成したとされる。ところがその標準理論では、ニュートリノは質量がゼロとすることが前提だ。
そのニュートリノの質量ゼロという前提は、カミオカンデの後継の「スーパーカミオカンデ」を使って梶田氏らが覆す。
1998年6月の国際会議で発表し、それを聴いた約300人の聴衆は、全員総立ちとなり、大きな拍手が数十秒間もやまなかったほどとされる。
今回の授賞理由は、20年近く前のそれなのだ。だから、もっと早く受賞できてよかった。
上空と裏側から来たニュートリノの数の違いから「振動」を確認
梶田氏らは、宇宙からやってきて大気と衝突して出来た大気ニュートリノが、スーパーカミオカンデ上空と、地球の裏側のものと数が異なることを確認、裏側からの大気ニュートリノが別の型に変身する「振動」をつかんだ。
超高精細のスーパーカミオカンデは、キャッチした飛来したニュートリノの方向もつかめるのだ。
この時、梶田氏はその違いに気づき、観測ミスではなく「振動」によるものであることを綿密な計算で立証した。
ニュートリノが別の型に変身する「振動」は、質量がなければ起こりえない。これが、ニュートリノの質量の存在の発見、なのである。
こうなるといったん完成した、宇宙の誕生と構成を説明する標準理論は、それを超える新たな理論作りが必要とされる段階となっていることになる。
もっと早ければ戸塚洋二氏も受賞できた
授賞発表後に、梶田氏もメディアへのコメントで言及しているが、スーパーカミオカンデ運用のプロジェクトは、08年に死去した戸塚洋二・東京大特別栄誉教授が率いたものだった。生きていれば、戸塚氏を筆頭者にした共同授賞となる成果だった。授賞にいたらず世を去った戸塚氏と今回の梶田氏にとって、痛恨の一事だろう。
それだけに「もっと早く受賞できていれば」なのだ。
ところで難しいために一般の人になかなか理解されない素粒子物理学は、実験・観測に巨大な施設を必要とし、それだけに数百億のカネがかかる。それだけに、こんなカネをかけて何の役に立つのか、という皮相な批判が起こりがちだ。
「何の役にたつのか」という皮相論を排す
実際、その機先を制するように、ニュートリノ物理学の創始者の小柴氏は、02年の物理学賞授賞直後の記者会見で、ニュートリノは何の生活の役にも立ちません、と言い放ったことがある。宇宙の誕生と構成の解明に、生活に役立つうんぬんは次元が違う、という牽制だが、科学の進歩は、小柴氏の発言さえ超えてさえ進もうとしている。
例えば最近では、何でも突き抜けるニュートリノの性質を利用して、地球の断層やマグマ、さらには福島第1原発のメルトダウンした核燃料を、さながらエックス線撮影のように、透視して観測しようという研究も発展している。
今日、役立たなくても、明日は最先端の応用が発展してくる。それが、基礎自然科学なのである。
小柴氏、戸塚氏、そして梶田氏らが、そうした雑音の中でも発展させた来たニュートリノ物理学は、今、日本が世界をリードしている。
我々は、皮相な「何のため」論を排し、それを誇りに思おうではないか。
追記 ノーベル化学賞にアメリカなどのDNA修復研究の3人、日本人授賞は成らず
日本のノーベル賞自然科学3賞のトリプルクラウンは成らなかった。
7日、スウェーデンの王立科学アカデミーは、今年のノーベル化学賞をイギリス・フランシス・クリック研究所のトマス・リンダ―ル氏、アメリカ・デューク大のポール・モドリッチ教授、アメリカ・ノースカロライナ大りアジズ・サンジャル教授の3氏に贈ると発表、日本人研究者は含まれなかった。化学賞も、日本人研究者は何人か候補にあがっていたが、今年は通り過ぎた。
もし日本人がノーベル化学賞も受賞していれば、1901年から始まったノーベル賞自然科学3賞で史上初の快挙となったのだが。
3氏の受賞理由は、DNAの修復のメカニズムに関する研究で、医学・生理学賞の対象になってもおかしくない分野だ。今や、化学賞と医学・生理学賞の垣根が低くなっている。
こうした生化学分野は、日本の得意分野でもある。来年以降に期待したい。
昨年の今日の日記:「ノーベル賞が映し出す惨酷な東欧スターリニズム=共産主義支配の影」
「皆既月食ナウ」