世の中に血なまぐさい殺人事件が絶えない。つい最近も、21歳の若い女性を殺し、彼女が昼も夜も働いて貯めた貯金800万円を奪った極悪アベックが逮捕された。
 ただしこのような殺人は、今、世界を覆うテロの波から見れば、かわいいものなのかもしれない。シリアやイラクでは、無辜の市民がISIL(「イスラム国」)テロリストによって毎日のように惨殺されているのだから。


同一種殺しははるか祖先から
 人はなぜ人を殺すのか――というのは、難しい問題だ。ただその志向は、ひょっとすると我々のDNAに深く刻印されているものなのかもしれない。
 なぜなら800万年ほど前、我々の祖先から離れたチンパンジーも、平気で同類を襲うからだ。ある場合は、コドモを襲って食べるし、ある場合はメスを獲得するために異なる群れを襲ってオスを惨殺する。
 もっと我々から遠いハヌマンラングールも、さらには霊長類以外のクマやライオンも、子殺しを行う。


43万年前の若者の頭蓋
 5月27日号のオンライン科学誌「PLOS ONE」にスペインとアメリカの研究チームが発表した「43万年前の殺人事件」も、そうしたパースペクティブで見れば、意外ではないのかもしれない。
 ただ今回の研究成果は、科学的に「殺人」とはっきりと結論付けられたことで意義がある。
 スペインの世界遺産に登録されているブルゴス地方アタプエルカの石灰岩洞窟群で、いくつかの人類遺跡が見つかっているが、ここの深さ13メートルの竪穴シマ・デ・ロス・ウエソス洞窟(写真)の下から、43万年前のホモ・ハイデルベルゲンシスの若齢個体ばかり28体分もの人骨破片化石が見つかっていることで有名だ。


シマ・デ・ロス・ウエソス

シマ・デ・ロス・ウエソスの発掘


額に骨を貫通する刃物の痕
 そのうちの若い成人個体のものと見られる17号頭蓋の前頭部の2つの破損個所のつながった穴(写真)は人為的につけられたものであることを分かった、とスペインとアメリカの研究チームが5月27日号に発表した。


シマ・デ・ロス・ウエソス17号

 確認されたものとしては、ヒトがヒトを殺した最古の例となる。
 17号頭蓋は、52個の破片から成っているが、死後にバラバラになったものであることは、割れ口からはっきりしていた。頭蓋に、肉食獣による噛み跡なども認められていない。そのバラバラの頭蓋を復元したところ、左眼窩上の額に、骨を貫通する2つの丸い傷跡のあることが分かった。


誰かに襲われ額に致命傷
 コンピューターで立体画像化し、犯罪捜査で用いられる手法を駆使して調べた結果、傷は何者かが正面から同一の石器らしき遺物を2回、17号の額に意図的に打ち付けて出来たと結論づけた。傷が治癒した様子がなく、致命傷だったとみられる。
 このことから、狩猟中の事故や洞窟坑への転落などで偶然に出来た可能性は否定された。17号は、骨を貫通する致命傷を受けた殺人の被害者だった。
 同じアタプエルカのグラン・ドリナ洞窟TD6層出土の80万年前頃の人骨は食人の犠牲者の骨と見られており、またシマ・デ・ロス・ウエソスよりずっと年代の若いエル・シドロンなどのネアンデルタール人でも広く食人の痕が認識されている。
 すると17号頭蓋の若い個体は、敵に食人のために襲われたが、同胞に救われ、竪穴坑に放置葬された可能性がある。


1年半前には別の大腿骨からミトコンドリアDNAを抽出
 シマ・デ・ロス・ウエソス出土の大腿骨から、既にミトコンドリアDNAが抽出され、遥かに遠く離れたシベリアのデニーソヴァ人と密接な系統的関係のあることが分かっている(13年12月29日付日記:「最古のミトコンドリアDNAの示した予想外の結果とネアンデルタール人ゲノム解析で分かった仰天の事実」)。


昨年の今日の日記:「南部アフリカ周遊:記念の自分土産にジンバブエのキャップと超高額ジンバブエドル紙幣購入」


 所用で明日の日記は休載します。