kawanobu日記/新型多剤耐性菌の出現が示す現に進む自然淘汰の仕組みとダーウィン進化論:NDM1、アシネトバクター菌、プラスミド 画像1

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 帝京大付属病院に続いて、獨協医大付属病院(写真上)でも多剤耐性菌による感染症例が明らかになった。世間は、抗生物質が効かない、大変だ、という視点で騒いでいるが、この事例こそたダーウィン進化論の屋台骨である自然淘汰の実例を現代に見せてれた例として、興味深く思った。本日は、ソウル旅日記を休載して、このことを述べる。

インド起源の新型多剤耐性菌が上陸
 帝京大付属病院のケースは、皮膚や水中・土中に普遍的に存在する弱病原性のアシネトバクター菌が多剤耐性を獲得し、それが病院内で免疫力の弱った老人や抵抗力の落ちた術後患者に感染し、死に至らしめたものだ。ただ幸いにも弱病原性だから、院外に出ても、健康人には全く問題ない。厄介なのは、アシネトバクター菌を殺す抗生物質がないことだ。それは、菌が多くの既成抗生物質に耐性を獲得しているためで、抵抗力の弱い患者に感染すると命にかかわる。
 死者こそ出していないものの、獨協医大の例の方が不気味度は、ずっと大きい。こちらは誰にでも感染を起こす大腸菌で、多剤耐性を獲得していた。患者の男性は、インド渡航歴があり、インドで治療を受けたことがあるので、そこで感染したものらしい。
 この新型耐性菌は、インドのニューデリーの頭文字をとった「NDM1」という酵素を作る遺伝子を持つ。この酵素の作るたんぱく質が幅広い抗菌剤を分解する。インド起源と見られるのは、07年に出た最初の感染者は、ニューデリーの病院で治療を受けたスウェーデン人だったからだ。インドでは抗生物質の入手に処方箋が要らず、そのため簡単に入手し、簡単に治療中止して、大腸菌などが多剤耐性を持ちやすい環境にあるからだ。

薬剤耐性獲得の基礎はランダムに起こる突然変異
 大腸菌もアシネトバクター菌も、無性生殖で、細胞分裂で増える。その時に突然変異も起こるが、環境によっては30分に1度という頻度で分裂をしていけば、稀にある抗生物質に耐性は持った個体が出来ることもある。数十億個、数百億個、あるいは兆を越える個体が分裂で生じてくるのだから、アトランダムの突然変異でも、たまには抗生物質に対して抵抗力を備える個体も現れるわけだ。まさに「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」なのだ。
 ウイルスに無効な抗生物質を、例えばインフルエンザ患者に投与するなどという不適切な使い方、あるいはインドのように濫用・勝手な中止などが繰り返されると、抗生物質に弱い個体は殺されるが、その隙間を耐性を獲得した個体が埋めることになる。耐性菌が、やがてすべて置き換わるのだ。これがダーウィンの考えた自然淘汰による進化の基本だ。
 一九二九年のペニシリンの発見以来、人類は多数の抗生物質を開発してきたが、医療現場で多様されるようになると、時には数年後に早くも耐性菌が現れる。こうして次々と抗生物質の無効化が起こる。1つの抗生物質だけでなく、あらゆる抗生物質に耐性を持った菌が、多剤耐性菌だ。

プラスミドを通じて耐性遺伝子が別種の菌に伝えられる
 多剤耐性を獲得するのは、突然変異でたまたま耐性獲得というケースより、むしろ耐性を獲得した別種の菌から耐性遺伝子を導入したと考えられる。細菌は無性生殖だが、時には性配偶子同士のように、別種の菌でもくっついたりすることがある。耐性遺伝子が短い環状のゲノムを持つプラスミド(写真下)に入っている場合、その際にプラスミドが交換され、耐性遺伝子が別種の菌に移転される。NDM1遺伝子を備えた大腸菌は、どこかの菌からその遺伝子を獲得したのだ。
 ほとんどの抗生物質に抵抗性を示すので、この個体はやがて置き換わりを通じて多くの菌に広がることになる。獨協医大付属病院のケースが衝撃を与えたのは、インド起源のその菌がついに日本に上陸したからだ。
 幸いにも、日本国内では広がらなかったから、大腸菌(これにも多数の種類がある)がNDM1遺伝子を持つまでにはいたっていない。かつて世の中を震撼させたO-157は、病原性大腸菌の典型的なヤツだが、恐ろしいのはO-157がNDM1遺伝子を備えるに至った時だ。効く薬がないので、お手上げとなる。
 さらに遺伝的に近縁な(したがって遺伝子交換しやすい)サルモネラ菌や赤痢菌などにNDM1遺伝子が入ると、さらに厄介でもある。これらは感染力、病原性も、ともに強いからだ。

アメリカ人の44%が創造説を信じている現実は何だ!?
 さて、冒頭で述べたように、病原細菌が薬剤耐性を獲得する事例こそ、今、現在、目に見える形で進んでいる自然淘汰の具体的実例である。抗生物質に弱い個体は死滅し、強い個体が生き残ってすべてが置き換わるからだ。
 ところがアメリカでは、神があらゆる生き物を同時に創造したという創造説、神の意志が現生生物を作るのに働いたというインテリジェント・デザイン説が、広く信じられている。我々日本人にはとうてい信じられない数字なのだが、権威あるアメリカの世論調査組織のギャラップによる08年の調査では、創造説を信じるアメリカ人は44%にも達し、さらに何らかの意味でインテリジェント・デザイン説に立つ人たちが36%もいて、人類が数百万年もかけて現在のように進化したという説は14%しかいなかった。
 ティム・ホワイトやドン・ジョハンソンら、アフリカで人類進化の跡をくっきりと浮かび上がらせてきた進化人類学者を多数輩出しているあのアメリカで、である。
 ギャラップ以外の調査でも似たような数字が出るから、アメリカではダーウィン進化論に立つ人は少数派なのである。聖書に書かれたままを信じる福音派の影響力がいかに大きいか、衝撃的でもある。
 創造説やインテリジェント・デザイン説を説くのは、一般大衆ばかりか、学校の教師や研究者にもいる。彼らが細菌の多剤耐性獲得をどのように説明するのか、聞いてみてみたいものだ。

昨年の今日の日記:「海の嫌われ者オニヒトデに魚の成長因子:マダイ、生態系、エチゼンクラゲ」