
30代の頃、僕は稲盛和夫さんを追うように、各地の盛和塾の塾長例会へ足を運んでいました。
当時はZoomなんてありません。
直接話を聞きたければ、その場所へ行くしかありませんでした。
交通費、宿泊費、飲食費。
正確には分かりませんが、盛和塾で学んでいた期間全体では、300〜400万円くらい使ったのではないかと思います。
目次
1. 答えを求めて、全国へ足を運んでいた30代
2. 「自分にとって本当に大切なものは何なのか」
3. 自分じゃなくてもいいことを、少しずつやめていった
4. 会社経営を通して学んだ「まず自分を満たす」
5. 今は、自分の感情を無視しない
6. 自分の中にある答えは、きれいな声とは限らない
答えを求めて、全国へ足を運んでいた30代
なぜ、そこまでしたのか。
会社のお金のことで苦しんでいたからです。
キャッシュフローが悪い。
なんとか会社を良くしたい。
この苦しさから抜け出したい。
稲盛さんから学べば、その「答え」が見つかるのではないか。
僕は外側に答えを求めていました。
もちろん、稲盛さんから学んだことが間違っていたとは、今でもまったく思っていません。
僕の経営者としての基盤を作っていただいた、大切な学びです。
「自分にとって本当に大切なものは何なのか」
ところが40歳を前にして、人間行動学の専門家ドクター・ディマティーニに出会いました。

そこで知ったのが、
「人にはそれぞれ固有の価値観の優先順位がある」
という考え方でした。
しかも、それは「自分はこれを大切にしている」と頭で考えるのではなく、実際の行動から見ていく。
僕はそこから、
「自分にとって本当に大切なものは何なのか」
を見るようになりました。
そして僕が決めたのは、
後悔をせずに生きること。
自分じゃなくてもいいことを、少しずつやめていきました。
自分じゃなくてもいいことを、少しずつやめていった
その考え方は、会社経営にも表れるようになりました。
当時、僕の会社はお酒の大型量販店を経営していました。
安く売って、お客様に買っていただく。
でも規制緩和によって、スーパーでもコンビニでもお酒を買えるようになり、売上は右肩下がりになっていきました。
付加価値をつけようと、飲食店と一緒にワインと料理を楽しみながら学ぶイベントなども行いました。
それでも抜本的な改善にはなりませんでした。
「このまま続けていたら会社が潰れる」
そう感じた僕は、店を閉めることにしました。
当時は、お店を閉めると、
「あそこは潰れた」
と噂されかねない時代です。
雇用のこともありました。
それでも僕は、規模を小さくする方を選びました。
自社物件はテナントとして貸し出しました。
売上規模は落ちました。
でも、経常利益で1,000万円以上を出すようになりました。
10%だった自己資本比率は、最終的には30%になりました。
会社経営を通して学んだ「まず自分を満たす」
僕は会社経営を通して、
「まず自分を満たす」
ということを学んだように思います。
お客様に安く売って喜んでもらう。
でも、自分=会社がどんどん苦しくなる。
それでは続きません。
自分を満たしてから、周りを満たしていく。
これは今、僕自身の生き方でも同じです。
今は、自分の感情を無視しない
だから僕は、自分の感情をとても大切にしています。
ポジティブな感情だけではありません。
むしろイライラ、怒り、悔しさ、違和感。
そういう感情ほど、
無視しない。
蓋しない。
スルーしない。
ポジティブ転換しない。
ある日、オンラインの学びの場で結果を出している人たちを見て、ものすごくイライラしました。
その夜、僕はノートに、
「くそ、くそ、くそ、くそ」
「ムカつく、ムカつく、ムカつく」
と書き殴りました。
それでも足りなかったので、クッションもパンチしました。
そして落ち着いてから、
「本当はどうしたいの?」
と自分に聞きました。
答えは、
成功したい。
お金を得たい。
講座に人を呼びたい。
目に見える結果が欲しい。
自分が選んだ道は間違いなかったと思いたい。
でした。
きれいな答えではありません。
でも、僕にとっては本当の答えです。
自分の中にある答えは、きれいな声とは限らない
30代の僕は、答えを求めて全国へ足を運びました。
54歳になった今の僕は、自分の中から出てくる「ムカつく」という感情さえ、答えにつながる入口として見るようになりました。
外に学びを求めることが悪いのではありません。
僕自身、外からたくさんのことを教えてもらいました。
でも最後に、
「自分はどうしたいのか」
を決められるのは自分しかいない。
そして、その声は必ずしも美しい言葉で聞こえてくるわけではない。
怒りかもしれない。
違和感かもしれない。
悔しさかもしれない。
だから僕は、自分から出てきた感情を否定しません。
その奥に、
自分が本当に生きたい人生へ向かうための声
が隠れているかもしれないからです。







