今日は雨。空を見ないようにした。

今日は休日。仕事じゃない。家にいられる。

ホームで誰かを見て、うらやましがることもない。


今日は、夫の写真だらけの部屋にこもる。夫の顔だらけ。48歳の妻は、52歳の夫のいろんな写真をニマニマ、ウルウル眺めながら、生活している。


昔、ドラマで見た受験生。部屋中に英単語を貼り付けていた。ミステリーの犯人も、愛しすぎて、部屋に写真を貼りまくる。姪っ子は、『純チャン、推し部屋だね』と言う。私は『隆ミュージアムの館長なの』と言う。


夫を思い出すだけで、幸せな気持ちになる。顔、手、声。もう、戻らない、と、気づき、涙が溢れても、温かみのある甘さは変わらない。だから、泣きながらでも思い出さずには、いられない。


こうして夫を思い出す行動。にグリーフケアが隠れている。失った事を順番に書き出す『ロスライン』と得た事をさらに加える『ゲインライン』。この二つ、やっとできるようになった。少し前まで、『ロスライン』をしようとすると声を上げて、泣くようだった。失った悲しみを冷静に把握できなかった。


とにかく、私は夫が大好きだった。


付き合うことになって、3日後には、『結婚しよう、そうしよう』と言っていた。二人共、ずっと一緒にいたかった。でも、両親と住むシングルマザーの私と、年老いた母と二人暮らしのおじさん。お互い、なかなか結婚できる状況にはならなかった。

頭を抱えたまま、6年の月日が流れていた。


そんな状態だから、毎日朝起きると、すぐ夫の事を想ったし、寝る前まで、暇さえあれば、夫を想った。


まず


『おはよう☀隆!』


とラインをする。

すると、夫も


『待ってたよー💕』


とすぐ、返事をくれる。

マメだ。愛されているなあ。と私には思えた。

ただ、夫は、誰にでも、レスポンスは早かったようだが。


「純子ぉ、おはようだよー。」

「隆ぃ、私も出勤だよー。行ってきまーす。」

「純子ぉ、行ってらっしゃいだよー。気をつけて行くんだよー。」


柔らかなトーンが想像つくメッセージの語尾。

夫のパブリックイメージを壊しかねないほど、

夫は、まるで子猫を撫でるように。孫を抱きしめるように、私を扱っていた。ある意味、こども扱いだ。


一緒にいたら、まん丸の目を、くりくりさせてみたり、ニッコリと笑顔を作ったり、困ってみせる顔で腕組みしたり、私をのぞき込んだりする。私の娘はそれを「顔芸だね」と言った。


返事や相づちは、いつも明るく

「やだねぇー」「いいねぇー」 

語尾に「ねぇ」がつく。口癖だ。


疑問形なら「のぉ?」

「そうなのぉ?」「できるのぉ?」 


挨拶や報告には

「だよー」とか「よー」がつく。

 

この場合、活用例は

「ごはんだよー」「お風呂行くよー」

「会えるよ」「愛してるよぉー」


いつも、軽々と。陽気に。しなやかに、生きていた。


さて、


2023年10月24日のライン。

腹痛で総合病院に診察に行ったまま、「当分、お泊りだよー」と、入院になり、検査が続き、結果が出た。


『僕の肝臓に大っきいコブたんがいるんだってさー。切れるとこまで、切っちゃうよ。明日、手術の説明があるよぉー』


『え?!手術なの?コブたん?ちょっと、心配すぎて。先生の説明、私も聞きたいよ』


『そー、コブたんだよ。悪性コブたんなんだってさ。あ、来月の箱根の温泉行く予定は、キャンセルだなあ。ごめんだよー。』


『隆ぃ。温泉なんて、元気になってからで、いいから!それより、悪性なの? 心配すぎて、会いたくて、どーしていいか、わかんないよ、私。』


『結婚してたら、説明も面会も来れるんだろうけどねー。コロナ対策中だから、家族だけだよぉ。やっぱり早く結婚しなきゃだなあ、純子ぉ。会いたいよ。』


『15分だけの面会でも、会えたらいいのに。隆の顔が見たいよ。このまま隆に会えずに、手術なんて、心配すぎて、涙が出ちゃうよ』


『結婚しよ。元気になって結婚するよ。だいじょぶだよぉ』


手術は31日に決まった。


病院の7階。隆の部屋。部屋から出てすぐにある大きな窓が駐車場から見えることがわかった。隆が撮って送ってきた夜景の下に駐車場が写っていた。


出勤前と退勤後、駐車場から手を振った。

帰宅した後も、ラインをしながら、今、私にできることを、考えた。ラインでは陽気な変わらない隆。いつも通り?私が心配しないように、振る舞っているかも。本人は不安なハズだ。


音楽プロデューサーの隆は、ビビリだ。小心者なのだ。だから、自分の企画したライブや音楽祭の準備は細部に至るまで完璧にする。司会の私との打ち合わせも、「そこ、本番同様にしゃべってみて。」とよく言う。把握したいのだ。「見通しが知りたいねぇ」これも口癖だった。


「コブたん」と「癌」。隆は「コブたん」と言った。


病院の一階フロアは、夜間、救急の受け入れがあるため、空いている。コンビニがあって、そこも24時間営業。警備員がウロウロしている。入院している患者は、普通診療終了後、21時の消灯までは、買い物に行っていた。


仕事終わり。駐車場から手を振る。窓で手を振った隆から、ラインが来た。「これからコンビニ行くよ」


ん?


知らん顔して、私もコンビニに行った。

警備員が見ている。


すぐそばに隆がいる。話かけはしない。

他人のふり。

先に隆がコンビニを出て、ちょっと遠い待合室の椅子に座った。

その隣のブロックの端に、少し遅れて私が座った。


ラインが来た。

「ありがとうだよー。病室戻るねー。」


話すことも、さわることも、目を見ることも、できなかった。隣に座るどころか、すぐそばに寄ることも、できなかった。入院着の隆。隆だった。


「隆も来てくれて、ありがとう。会えたら、やっぱり、すごくホッとしたよ。大好きだよー」


「純子が座ってたとこ、毎日、夜、僕も座ってるんだよ。みんなすぐ寝ちゃうからさ。なんとなく病室よりね。いろんな人、来るしね。」


とはいえ、暗く寂しい待合室。どんなことを考えてたんだろう。そう思うと、たまらなかった。


隆に何かできないかな。

手術が怖くなくなる、おまじない。


怖かったのは、私。

でも、何もしないではいられなかった。

陽気な隆がいて、初めて、私も私でいられたのかもしれない。





なかなか、いいこと書いてあるなあ。時計は夫の。仕事の時の安心感。

夫がお世話になった歯科に行って、歯科検診。
夫が亡くなったと伝え、何か、夫の物があったりしますか?と尋ねてみたら!私が大好きな夫の八重歯の型が!すごく笑った時にしか、見えない。

この写真にしか、写ってない八重歯💕