現地のケンミンショー

現地のケンミンショー

身近なケンミンショーに引き続き、ここでは各ケンミンの消費性向の中から、全国的にトップレベルの話題を現地にて訪ね歩くものである。

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 滋賀県と云えば、日本一大きな湖の琵琶湖が県の中央に全県の約6分の1の面積にて構える県である。
 この琵琶湖の大きさは、兵庫の淡路島がスッポリ入ってまだお釣りがくるぐらいである。
 また2位の霞ケ浦の約3倍の面積で、比類なき大きさである。
 この琵琶湖と県土との織りなす情景は、かつてから愛でられ、特に中世以降、室町時代から近江八景として親しまれてきている。
 江戸時代になってからは、浮世絵や陶芸作品にも描かれ、中でも歌川広重が描いた20種類にものぼる近江八景の作品は版画として残され、今でも多くの人の目に触れているものである。
 
 その近江八景の1つ「堅田の落雁」として知られるのは、琵琶湖の水面に突き出た臨済宗大徳寺派海門山満月寺の御堂である。

 
 この浮御堂は、伝説によれば、比叡山の恵心僧都が比叡山から琵琶湖をながめると、湖中に光明が射しているのを怪しみ、掬い上げたところ1寸8分の黄金の阿弥陀仏像であったと云われる。
 そして阿弥陀仏像1体を造り、その体内にこれを納め、これを祀る浮御堂を創建したという経緯の御堂である。
 
 近江八景をもう1つ、「瀬田の夕照」として知られる瀬田の唐橋の風景である。
 瀬田の唐橋は古代から京へ上る重要なポイントで、この橋をめぐって、数多くの戦いが演じられてきている。
 従って古来より「唐橋を制する者は天下を制す」と言われてきた橋である。
                
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 滋賀県は日本一寺院のが多い県である。
 ただし総菟数では大阪府、兵庫県に次いで3位ではあるが、人口比では2位の福井県を引き離し、堂々の1位である。
 
 滋賀県の寺を代表するのは天台宗の総帥の世界遺産「比叡山延暦寺」であることは間違いない。
 またその延暦寺の役割は、幾多の著名な仏僧を輩出したことから、日本の仏教に大きな役割を果たし、「日本仏教の母」とも云われる。
 その仏僧とは、天台宗の最澄、円仁、円珍は云うまでもないが、融通念仏宗の良忍、浄土宗の法然、浄土真宗の親鸞、臨済宗の栄西、曹洞宗の道元、日蓮宗の日蓮など、良く知られているその宗派の開祖たちである。
 
 比叡山には「不滅の法灯」と云うのがある。
 延暦寺の本堂「根本中堂」に開山以来消えたことがない法灯である。

 
毎朝夕に燃料の菜種油を絶やさないように僧侶が注ぎ足し続けているが、気を抜くと燃料が断たれて火が消えてしまう。
 「油断」や「油断大敵」は、ここから出た言葉と云われている。
 
 しかし、比叡山は織田信長に焼き討ちにあったことは歴史上の事実である。
 その時、法灯は消えた筈である。
 しかしそこは良くしたもの。山形県の山寺で知られる「立石寺(りっしゃくじ)」の分灯していた法灯から、延暦寺に再分灯され、不滅の法灯を維持しているとのことである。
 
 この様な、長く灯されている法灯は他に類を見ない日本一であろう。
 
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 さて滋賀と云えば、南部は良く知られているが、中北部にも有名なものがある。
 戦国時代の戦場となった、賤ヶ岳、浅井氏の城「小谷(おだに)城」、戦場の姉川、石田三成の佐和山城などであるが、ここではそれらの経緯をひっくるめて建てられた彦根城をあげる。
 
 国宝の彦根城は、関ヶ原で功があった井伊直政が近江北東部を支配する彦根藩主に封じられ、その子直継の時に天下普請にて築城された城である。
 その後、井伊氏が明治まで治めた城である。
 
 幕末期の藩主井伊直弼は江戸幕府の大老を務め、日米修好通商条約に調印し、日本の開国近代化を断行したことで知られる。
 そして、国内の反対勢力を安政の大獄で粛清したが、それらの恨みを買い暗殺された桜田門外にて暗殺されたことはあまりにも有名である。
 
 明治になって各地の城が廃城令で破壊や売却されて行く中、彦根城も例外ではなかったと云う。
 しかし、明治天皇が巡幸で彦根を通過した時、城の保存を命じたため破却は逃れた、現在に至っている。
 
 彦根城の「ひこにゃん」は、近年の「ゆるキャラ」ブームの火付け役で、これも滋賀発である。
 
 彦根と云えば、「彦根ちゃんぽん」という麺料理がある。
 
 発祥は、東京オリンピックに向けて東海道新幹線が滋賀の県内を走る少し前のころである。
 そのころ創業した彦根市の「麺類をかべ」の店主が旅先で食べた長崎ちゃんぽんに触発され、関西らしい和風に狙いを定め、醤油出汁で独自のちゃんぽんを作り上げたのである。
 
 「彦根ちゃんぽん」とも「近江ちゃんぽん」とも云われ、北は北海道、東は東京、南は大阪、西は広島まで広がっている。